政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
どんよりとした灰色の目がこちらを見る。
天窓から差し込む光に埃が舞っていて、彼女を照らしている。
「久しぶり……」
にやりとケイトリンが笑う。ライラたちと同じ部屋で暮らしていたのは一週間にも満たないし、ケイトリンとは数えるほどしか言葉を交わしていなかった。
いつも無表情で、誰かに話しかけられても「うん」とか「ううん」位しか返ってこなかった。
その他はバーレーンに夢中になり、喘ぎ声を出している時の恍惚とした顔が僅かに記憶に残る。
だからなのか、こんな風に達観した笑みを浮かべるのは初めて見た。
彼女が座り、こちらが立っているので下から見上げる形になっているので、灰色の目が大きく見える。
「元気そうね」
こちらから何も言えず黙っていると、尚も彼女が声をかけた。
「座ったら?」
言われて向かいの椅子に座る。すぐ隣にルイスレーンが立ち、私の肩に手を置く。
「……聞いた?…………アレックス様とのこと……これからどうなるか、どこへ行くか」
ちらりとルイスレーンと顔を見合せる。彼女が自分のこれからのことを知っているのか、もし知らないのなら、言っていいのか確認するためだ。
「気遣っていただかなくてもいいです。自分のしたことはわかっています。後悔はしていません」
「ケイトリン」
「私が薬でああなったと思っているなら、それは違うわ。確かにアレックス様に夢中になっていたけれど、私が自分で選んだことよ。誰に強要されたのでもないわ。あの人が望むなら、それで幸せになるなら、そのためなら私は何でもしたわ。たとえこの世の全てが彼を悪としても、私だけが彼を理解し、彼にとって唯一の存在だったと思っている」
ケイトリンの言葉と表情には、バーレーンへの強い思いが垣間見えた。
「だから、勘違いしないで欲しい。アレックス様があなたに何かしたと思っているのは間違いよ。あの方はあなたにこれっぽっちも感心なんか持っていなかった」
ケイトリンの言葉にどくんと心臓が跳ねた。
「どういうことだ?バーレーンは、彼女に何もしなかったと言うのか?」
肩に添えたルイスレーンの手に軽く力が入る。
ケイトリンはバーレーンが何もしなかったと言っている?
「始めから気に入らなかった」
彼女はルイスレーンの質問には答えず、私を睨む。
「ろくな身分でもなかった女が、侯爵夫人の座に治まりチヤホヤされて……メソメソ泣いたり魘されたりしているのを見てざまあ見ろと思ったわ」
目が落ち窪み頬が痩けている顔に優越に満ちた表情を浮かべる。
ケイトリンに対して私が何をしたわけでもないのに、向けられる悪意に身が震えた。
肩にあったルイスレーンの手が首の下辺りを撫でる。その手の温もりがなければもっと震えていたに違いない。
「どうしてお前ばかりが……私は……なぜ……お前が日の目を見て、私がいつまでも日陰の身なの」
「…………え?」
何か様子がおかしくなった。
「愛されているのは私よ……お前じゃない。なのに……なぜ、彼は……お前のせいで苦しまなければならないの」
「何のことを言っている?クリスティアーヌが何をしたと言うのだ」
ルイスレーンもケイトリンの会話が理解出来ないようで、訊ねる。
「アレックス様……誰よりも美しく高貴で気高いお方……なのに生まれが卑しいからと周りから見下され、あの方の孤独を癒し魂を救ってあげられるのは私だけ……お前じゃない。お前なんてただの復讐のための道具なのに……なんで?なんでお前が幸せになるの……もっと苦しめばいい。私と、あの子が味わった苦しみはあんなものじゃない」
「あの子?」
「どうして私の子が殺されなくちゃいけないの……あの子はずっと……ずっと父親のいない子と苛められ……なのに、お前だけが幸せになっていい筈がない」
誰のことを言っているのだろう。ケイトリンに子どもがいて、殺されたということなのだろうか。でもその後に続く#あの子__・__#と、殺された子はどうも違う人物のような気がする。
「子ども?クリスティアーヌとその子に何の関係がある。たとえその子が誰かに殺されたとしても、彼女とは関係ないことだ。そのことと、お前たちが彼女にしたことは関係ないことだろう」
ルイスレーンの苛立ちの籠った威圧的な声もケイトリンの耳には入っていないのか、彼女は私をひたすら睨み付ける。
「なぜアレックス様が死んで、お前が生きている。生きて、のうのうと侯爵の傍で今もそうやって大事にされているの?他の男に弄ばれたと思われ、とっくに身限られ、捨てられ、うちひしがれて絶望している筈なのに……あの時のように……」
何故だろう。ケイトリンから向けられる憎悪のようなものが、身に覚えがないと思いながらも、どこかで誰かから感じたことがあるような気がする。
バーレーンとのことを話していると思って聞いていると、誰か違う人とのことのようにも思える。
クリスティアーヌとして?でも記憶を辿っても何もない。クリスティアーヌの人生には…
天窓から差し込む光に埃が舞っていて、彼女を照らしている。
「久しぶり……」
にやりとケイトリンが笑う。ライラたちと同じ部屋で暮らしていたのは一週間にも満たないし、ケイトリンとは数えるほどしか言葉を交わしていなかった。
いつも無表情で、誰かに話しかけられても「うん」とか「ううん」位しか返ってこなかった。
その他はバーレーンに夢中になり、喘ぎ声を出している時の恍惚とした顔が僅かに記憶に残る。
だからなのか、こんな風に達観した笑みを浮かべるのは初めて見た。
彼女が座り、こちらが立っているので下から見上げる形になっているので、灰色の目が大きく見える。
「元気そうね」
こちらから何も言えず黙っていると、尚も彼女が声をかけた。
「座ったら?」
言われて向かいの椅子に座る。すぐ隣にルイスレーンが立ち、私の肩に手を置く。
「……聞いた?…………アレックス様とのこと……これからどうなるか、どこへ行くか」
ちらりとルイスレーンと顔を見合せる。彼女が自分のこれからのことを知っているのか、もし知らないのなら、言っていいのか確認するためだ。
「気遣っていただかなくてもいいです。自分のしたことはわかっています。後悔はしていません」
「ケイトリン」
「私が薬でああなったと思っているなら、それは違うわ。確かにアレックス様に夢中になっていたけれど、私が自分で選んだことよ。誰に強要されたのでもないわ。あの人が望むなら、それで幸せになるなら、そのためなら私は何でもしたわ。たとえこの世の全てが彼を悪としても、私だけが彼を理解し、彼にとって唯一の存在だったと思っている」
ケイトリンの言葉と表情には、バーレーンへの強い思いが垣間見えた。
「だから、勘違いしないで欲しい。アレックス様があなたに何かしたと思っているのは間違いよ。あの方はあなたにこれっぽっちも感心なんか持っていなかった」
ケイトリンの言葉にどくんと心臓が跳ねた。
「どういうことだ?バーレーンは、彼女に何もしなかったと言うのか?」
肩に添えたルイスレーンの手に軽く力が入る。
ケイトリンはバーレーンが何もしなかったと言っている?
「始めから気に入らなかった」
彼女はルイスレーンの質問には答えず、私を睨む。
「ろくな身分でもなかった女が、侯爵夫人の座に治まりチヤホヤされて……メソメソ泣いたり魘されたりしているのを見てざまあ見ろと思ったわ」
目が落ち窪み頬が痩けている顔に優越に満ちた表情を浮かべる。
ケイトリンに対して私が何をしたわけでもないのに、向けられる悪意に身が震えた。
肩にあったルイスレーンの手が首の下辺りを撫でる。その手の温もりがなければもっと震えていたに違いない。
「どうしてお前ばかりが……私は……なぜ……お前が日の目を見て、私がいつまでも日陰の身なの」
「…………え?」
何か様子がおかしくなった。
「愛されているのは私よ……お前じゃない。なのに……なぜ、彼は……お前のせいで苦しまなければならないの」
「何のことを言っている?クリスティアーヌが何をしたと言うのだ」
ルイスレーンもケイトリンの会話が理解出来ないようで、訊ねる。
「アレックス様……誰よりも美しく高貴で気高いお方……なのに生まれが卑しいからと周りから見下され、あの方の孤独を癒し魂を救ってあげられるのは私だけ……お前じゃない。お前なんてただの復讐のための道具なのに……なんで?なんでお前が幸せになるの……もっと苦しめばいい。私と、あの子が味わった苦しみはあんなものじゃない」
「あの子?」
「どうして私の子が殺されなくちゃいけないの……あの子はずっと……ずっと父親のいない子と苛められ……なのに、お前だけが幸せになっていい筈がない」
誰のことを言っているのだろう。ケイトリンに子どもがいて、殺されたということなのだろうか。でもその後に続く#あの子__・__#と、殺された子はどうも違う人物のような気がする。
「子ども?クリスティアーヌとその子に何の関係がある。たとえその子が誰かに殺されたとしても、彼女とは関係ないことだ。そのことと、お前たちが彼女にしたことは関係ないことだろう」
ルイスレーンの苛立ちの籠った威圧的な声もケイトリンの耳には入っていないのか、彼女は私をひたすら睨み付ける。
「なぜアレックス様が死んで、お前が生きている。生きて、のうのうと侯爵の傍で今もそうやって大事にされているの?他の男に弄ばれたと思われ、とっくに身限られ、捨てられ、うちひしがれて絶望している筈なのに……あの時のように……」
何故だろう。ケイトリンから向けられる憎悪のようなものが、身に覚えがないと思いながらも、どこかで誰かから感じたことがあるような気がする。
バーレーンとのことを話していると思って聞いていると、誰か違う人とのことのようにも思える。
クリスティアーヌとして?でも記憶を辿っても何もない。クリスティアーヌの人生には…