政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
ケイトリンがここまで私に怨みを抱くのは何故だろう。そう思いながら、クリスティアーヌとしての私に思い当たる節がないなら、可能性はひとつだ。

「お前とバーレーンが何を企んでいたとしても、私の妻がバーレーンに何事かされたとしても、それで私と妻を引き裂くことはできない。私に……戦で負けた腹いせに誰かに復讐したかったかもしれないが、逆怨みの感情に付き合うつもりはない。これで最後だと思うから、妻の希望でこうやって時間を作ったが、無駄な時間だった。これ以上謂われ無い言葉で妻を責めるのはやめてもらおう」
「うるさい!」

私に向けていた視線を、ケイトリンは一瞬だけルイスレーンに向けて一喝した。

「逆怨み?そんな生易しいものではないわ……この女がいなければ、私の人生はもっと輝いていた。私が耐えた年月の分、これからもっともっと苦しませようと思っていたのに、あんなにあっさりと逝ってしまうなんて」

どくんと心臓が大きな音を立てた。
クリスティアーヌはケイトリンと以前に会ったことなどない。恨まれることもない。バーレーンがエリンバウアに対して復讐心を持っていたとしても、ケイトリンがここまで私に憎悪を滾らせるものだろうか。

「逝ってしまった?………あなた……まさか…あの人の……」

「クリスティアーヌ?」

ルイスレーンが心配して名前を呼ぶ。

「アレックス様のせいで朦朧としていたあんたが呟いた言葉を聞いて驚いたわ。まさか、と耳を疑った」

『……あなた………有紗さん』

『ふふ……まさかこんなかたちでまた会うなんて……あなたと私……よほど縁があるのかしら、愛理さん』

「クリスティアーヌ……何を言っている?お前も……」

私たちは日本語を話していたのでルイスレーンには理解できなかったようだ。
私は信じられない思いで目の前のケイトリンを見た。
有紗……あの人……愛理の……前世の私の夫だった人。私を裏切り私から全てを奪った男。
そして彼がずっと……私と結婚する前からも、その後も彼に愛されていた女性。

ケイトリンが彼女だと言うの?

考えてみれば私だけが特別に生まれ変わることはない。

他の人だって可能性はある。

だが、よりによって私と有紗さんが、クリスティアーヌとケイトリン?

『いつ……気づいたの?』
『思い出したのは少し前……父とともにこの国に来た頃。あなたは?』
『数ヵ月前に……まさか、あの人も?』
『それは知らないわ。少なくとも私が死んだ時にはあの人はいなかったから』
『死んだ?』
『死ななきゃこうやって生まれ変わらないでしょ?あんたバカ?相変わらずね。バカは死んでも治らないって本当だったんだ』

ケタケタとケイトリン…有紗は笑う。

「クリスティアーヌ、何が起こっている?二人で何の話をしているんだ。それは…アイリの国の言葉か?」

ルイスレーンが私たちの間に立ち塞がり、私たちの顔を見比べる。

「旦那は知っているんだ……あなたのこと」

ケイトリンがこちらの言葉に切り替えて話し始める。

「ええ、話しました。理解してくれたわ」
「ますます腹立たしい。私は誰にも理解してもらえなかった。父にもアレックス様にも。頭がおかしいと言われたわ」
「どうして、あなたは……」
「病気……気づいた時にはもう手遅れ……やっとあの人と子どもと幸せに暮らせると思ったのに……あんたの父親……私と再婚したら全ての権利を彼が失うように仕向けていたのよ。それに気づいたのはあんたが死んでから。ご丁寧にあんたの父親は、自分が死んで一年以内にあんたが死ぬか、あの人と離婚した場合のことを考えて、もうひとつ遺言状を作っていた」
「え、父がそんな遺言を?」

父が息を引き取る直前に言った言葉を思い出す。あれは、彼のことを知っていたからなのか。

「何のために今まで耐えてきたのか。お陰で私たちは全てを失い、路頭に迷うしかなかった。彼は荒れて私に八つ当たりするようになり、生活はどんどん苦しくなり、子どもにまで暴力を振るうようになった。ギャンブルや女遊びに走りあちこちに借金が出来、どんどん怪しい所から借りて返せなくなり、そしてある時あの人は消えたわ。闇マーケット……あの人が消えて暫くしてから、毎日うちに借金の返済を催促に来ていた男にばったり会って聞いたわ。彼は臓器売買のために売られたって」

「そんな……」

「あんたが自暴自棄になって勝手に事故を起こして生命維持装置に繋がれたのは、あんたのせいなのに…たまたま台風で停電になって機械が止まって死んだだけなのに、どうして私たちが責められるの?バッテリーの管理不十分?保護責任放棄?あんな遺言状知っていたら、もっと注意したわよ。なのにあの弁護士。何様よ!」

唸るようにケイトリンが叫ぶ。

「この女は何を言っている。まさか、彼女も君と同じか?もしかして、君の夫だったという男の?」

ルイスレーンが私を庇うように立ち、ケイトリンを牽制しながら訊ねる。
彼なりに話を理解して、状況を整理して結論づけたようだ。

「はい……彼女はアリサ……アイリの夫だった人の相手でした」
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