排球の女王様~全てを私に捧げなさい! 第二章


 *



 それは大地と莉愛が、ショッピングモールでデートをした日の朝に遡る。

「あれー?大ちゃんお洒落して、何処か行くの?」

「お前また大ちゃんて、お兄ちゃんだろ」

「良いじゃない。それで何処行くの?もしかしてデート?」

 からかうように聞いてみる。


 すると少し照れた様子でお兄ちゃんが答えた。

「まあな……」

 恥ずかしそうに顔を赤く染めた兄の姿に、空は驚愕する。

 うそ……。

 そんな顔をする兄ちゃんを見るのは初めてで、私は慌てた。

 お兄ちゃんに彼女が出来た?

 空は急いで部屋着から、外出着に着替えると、兄の後を追いかけた。どうやら待ち合わせは駅のようで、物陰に隠れながら、その時を待った。

 そっと物陰からお兄ちゃんを見ると、スマホの時計を何度も確認し、ソワソワする姿が見えた。
 
 こんなにソワソワするお兄ちゃん初めて見たかも……。

 今までバレー一筋で、女の陰なんて微塵も見られ無かったのに。グッと唇を噛みしめていると、そこに女性では無く男性がやって来た。

 あれ?

 女の人じゃない……。

 なんだ、デートかと思ったら違ったんだ。

 大ちゃんてば見栄はっちゃって、デートとか言うから焦っちゃったじゃない。

 ホッと胸を撫で下ろしたその時、大ちゃんが楽しそうに男性の耳元で何かを囁いた。それから男性がまんざらでは無さそうに顔を赤く染め、大ちゃんを見つめている。

 ウソでしょう……。

 何この感じ……。

 回りで見ている女性達がリアルBLと喜んでいるのが聞こえてきた。

 リアル……BL?

 大ちゃんは、男の人が好きなの?



 それから、手を繋いで電車に乗り込む二人を尾行して、ショッピングモールまでやって来た。

 本当に二人は付き合っているのか、そこを確かめたい。

 更に尾行を続ける空だったが、迷子の少女と遭遇してしまう。

 えっと、どうしよう。

 でも、この子を放っておくことも出来ないし。

 どうしようかと考えていると、大ちゃんと一緒にいたはずの男が近づいてきた。

「えっと……大丈夫?きみの妹さん?」

「えっ……あっ……その、違います。この子迷子みたいで」

「そっか、迷子の女の子を助けてたんだ。偉いね」

 中性的な顔……かっこいい。

 ボーッと男の顔を見つめていると『偉いね』と言いながら男が頭を撫でてきた。

 驚きで喉がヒュッとなった。

 怖いと思った訳では無い。 

 お兄ちゃん以外を格好いいと思ったのは初めてだった。 
 
 その反動なのか、驚きと、驚愕と胸の高鳴りと、色々な気持ちが入り交じって、喉が鳴ってしまったのだ。

 それから男が何やら呟いた。

「この高さならいけるかな?」


 えっ……まっさか届くの?

 お兄ちゃんでも無理かもしれない高さなのに……。

 ドクンドクンと自分の心臓が動いているのが分かる。

 静まれ心臓。

 届くわけ無い。

 グッと膝を曲げ、ジャンプをする男の姿に空は見とれた。

 悔しいけど、格好いい。

 風船には手が届かなかったが、その美しいジャンプに周りの人々から歓声が上がる。そんな歓声も、特に気にした様子も無く、男は女の子に謝った。

「ごめんね。届かなかった」

 謝る男と、女の子の元に母親がやって来た。

 私はどさくさに紛れるようにして、その場を離れた。

 少し離れた場所から、また男の観察を始めると、男がまたジャンプした。先ほどよりも高いジャンプだったが、風船には手が届かない。

 惜しい、あともうちょっとなのに。

 思わず、男を応援している自分がいた。

 そこに大ちゃんがやって来た。男に顔を近づけて大ちゃんが、ご褒美をねだっている。

 うそ、うそ、うそ。

 近い、近すぎるって。

 二人を引き剥がそうかどうしようかと考えているうちに、大ちゃんがジャンプした。ダイナミックでパワフルなジャンプに、大きな歓声が上がる。

 さすが大ちゃん!

 先ほどの男のジャンプなんて目じゃない!

 空は、自分の兄に拍手を送った。

 すると、更に男と大ちゃんの顔が近づいた。

 そんな二人の様子を見ていたこのはが、二人は恋人なのかと質問していた。

 私は大ちゃんの答えを待った。

「うん。そうだよ」

 嬉しそうに笑う大ちゃん。


 そんな……大ちゃんの恋人はこの人なんだ……。



 次の日、私は大ちゃんの学校にやって来た。

 昨日の事を聞くためだった。

 家で聞いても良かったのだが、親がいる手前、大きな声では聞けない。

 大ちゃんの恋人はホントに男なのかと……。

 母に自分の息子の恋人が、男だと聞かされたらどう思うのか……考えただけで悲しくなる。今はそう言う時代じゃ無いと分かっている。私だって分かっている。そんなの差別だって……。でも大ちゃんには幸せになってもらいたい。生きにくい世界で生きてほしくない。そう思ってしまう。

 大ちゃん……。

 目の前にやって来た大ちゃんに昨日の事を聞こうとした。しかし本人を目の前にすると、何も言うことが出来なかった。大好きな大ちゃんが笑っているなら良いか……何て思ってしまう。

 一体私はどうしたら良いの?

 何も出来ずに家に帰り、自分の部屋のベッドに寝転がる。全く良い案が思い浮かばない。それから一日が過ぎる、二日が過ぎ、三日が経った。このままでは埒が明かない、今日こそは大ちゃんと話をしなくては……。

 狼栄大学高等学校の門まで来ると、大ちゃんと男が並んで歩いてきた。今日も一緒にいる……。私を見た男が、大ちゃんから離れようとしたその時、大ちゃんが男の手を掴んだ。そのただならぬ様子に怒りが芽生える。

「ちょっと二人とも離れてよ。一体どういうつもり」

「ごめんなさい」

 謝る男の姿に更に怒りを覚える。

 それに大ちゃんの態度……男を庇い後ろに隠して、私の態度が悪いと怒っている。

 何よ、何よ、私の気持ちも知らないで、二人仲良くしちゃって。

 ごめんなさいって何よ。

 被害者ぶっちゃって。

 両手の拳に力を入れたとき、大ちゃんが男を抱きしめた。

 それを見た私は叫んだ。

「ちょっと、私の前で止めてよ。お兄ちゃんのバカーー!!」

 思わずお兄ちゃんの叫ぶと、男がキョトンとした顔で大ちゃんと見つめ合った。

 かっこいい二人が見つめ合うと絵になる。でも、今はそんな事を思っている場合じゃ無い。


「妹さん?」

「ああ、莉愛は会うの初めてだよな。俺の妹で空だ」

「空ちゃん?」

 名前を呼ばれ、怒りが更にこみ上げる。

「空ちゃんなんて気安く呼ばないで!」

「ごめんなさい」

 この人すぐに謝る。

 何なの?

「お兄ちゃんが、男を好きなんて知らなかった。どうして相談してくれなかったの!」

 私の前で二人が目を開き固まった。

 ?

 何?

 それから大ちゃんが真剣な顔で口を開いた。

「おい。空、俺は俺は男が好きなわけじゃない」

「何それ、言い訳?この人だから好きになったとか言うつもり?」

「嫌そうじゃない。莉愛は女の子だ」

「ん?……えっ……女の人?」

 え……何……どういうこと……。

 女の人……。

 驚愕の真実に空の体から血の気が引いていく。

 全ては私の勘違い……。

 自分の犯した失態に耐えられなくなった空は、回れ右をすると大きな声で叫んだ。

「ごめんなさーい」



 *


 狼栄大学高等学校から逃げ帰ってきた空は、兄である大地と話した。

 私が男だと思っていた人は、狼栄の生徒では無く、犬崎高等学校の姫川莉愛さんだと分かった。

 大ちゃんは男の人が好きな訳では無かった。

 でも……複雑な気分だ。

 ブラコンなんてよく言われるが、別に良いじゃ無い。

 こんなかっこいいお兄ちゃんが近くにいたら、ブラコンにもなるよ。

 はぁーー。

 でも……どうしよう。

 莉愛さんに謝りに行かないと……。

 失礼なこと沢山言ってしまった。



 *


 次の日、私は犬崎高等学校の正門の前で莉愛さんを待った。

「あれって、群馬女子国際高校の制服だよな?」

「うわー、可愛いな」

 沢山の人々の視線……居心地が悪い。

 早く莉愛さん出てこないかな。

 キョロキョロと周りを見渡しても、莉愛さんは見当たらない。

 はぁーー。

 もしかして、行き違いになってしまったのか?

 帰ろうとしたところで声を掛けられた。

「空ちゃん?」

「あっ……莉愛さん」

「こんな所でどうしたの?」

「あっ……その……ごめんなさい!」

 私は勢いよく頭を下げた。   

「えっ、空ちゃんどうしたの?」

「私、失礼なことを沢山言ってしまって……昨日はそのまま帰ってしまったし……本当にごめんなさい」

 深々と頭を下げる私の腕をもって、莉愛さんが足早に歩き出した。

「とりあえず、ここでは目立つから向こうに行こうか」

「はい」

 校門から少し離れた所までやって来ると、莉愛さんが私に合わせた歩調で歩き出した。

「それにしても、空ちゃんと大地は兄妹だね。まさか同じ事をするとは思わなかったよ」

「同じ事?」

「あれ?聞いてない?大地も私を男だと勘違いした後、謝りに来たんだよ」

 お兄ちゃんも同じ事を……。

 クスクスと笑う莉愛さん。

 その顔は優しい女性の表情で、どうして男だと思ってしまったのかと恥ずかしくなる。

「莉愛さん本当にごめんなさい」

「もう良いよ。こんな見た目なのがいけないんだし、それよりこれから仲良くしてくれると嬉しいな」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 二人仲良く歩きながら話していると、狼栄に到着した。

 ゆっくり歩いてきたせいで、辺りはもう暗くなり月が輝き始めていた。冬の夜空を見上げて莉愛が心配そうに空に視線を向ける。

「冬は暗くなるのが早いね。空ちゃん一人で帰れる?もう、暗いから心配なんだけど……」

「大丈夫ですよ。一人で帰れます」

「……そうだ。ちょっと一緒に来てくれる?」

 ???

「はい……」

 莉愛さんと一緒に狼栄大学高等学校の体育館までやって来た。それから、体育館の前で待つように言われ、数分後……大ちゃんと一緒のに莉愛さんが戻ってきた。

「空、話は聞いた。コーチには許可取ったから、中に入ってこい」

「いいの?」

「莉愛がコーチに話をしてくれたからな。感謝しろよ」

「莉愛さんありがとうございます」

 頭を下げる私の頭を莉愛さんが笑いながら優しく撫でた。

「さあ行こうか、早いボールが飛んできて危ないから、気をつけて見学してね」

「はい。分かりました」
 
 空は莉愛に言われた通り、体育館の隅で見学させてもらう事にした。

 実は空も中学まで、大地と同じバレーボールのチームでバレーをしていた。いつも近く大地のプレイを見てきたのだ。高校に入ってからは、部活に専念するためチームを抜け、一緒にバレーをすることも無かった。
 
 大ちゃんのバレーボールをする姿をこんなに近くで見るの久しぶりだな。

 ボーッとボールが行ったり来たりするのを眺めていたその時、目の前にボールが飛んできた。

 顔面に直撃する。

 そう思っても体は強ばり、よけることが出来ず、強く目を瞑った。

「バシンッ」

 肌に当たるボール音はするが、痛みは全くなかった。それどころか 、誰かに抱きしめられている。

「ふぅーー。危なかった」

 そう言ったのは莉愛さんで、右手でボールを、左腕で私を包むように抱きしめていた。

「空ちゃん大丈夫?一人でいるとやっぱり危ないから一緒においで」

「でも、邪魔になっちゃうんじゃ……」

「大丈夫。一緒にいる方が守って上げられるから」

 フッと笑いながら、莉愛さんが私の手を取った。

 うっわーー!

 かっこいい!!

「空ちゃん、ボール出ししてもらえるかな?私がトス上げるから、こっちにボールを上げてくれる?」

「分かりました」

 私がトスでボールを上げると、莉愛さんが更にトスで上げていく。

 
 莉愛さんトス上手いな。

 そう思いながら莉愛をにボールを上げていくと、それを狼栄の選手達がスパイクで決めていく。

 莉愛さんもすごいけど、やっぱり狼栄のみんなもすごい。他校とは格が違うと思う。特に大ちゃんのスパイクは威力が違う。『ズドンッ』とボールが叩きつかられるたびに、体に衝撃が走る。我が兄の格好良さに、溜め息が漏れた。

「次はレシーブ練習です」

 莉愛の声に、皆がレシーブの姿勢を取った。空はカゴからボールを取り出し莉愛さんに渡す。するとそのボールを何度か床に突いた莉愛さんが、ボールを高く上に上げた。すると莉愛さんがジャンプサーブをくりだした。

「ズドンッ」

 大きな音を立てて転がるボールに空は唖然とする。

 何……今何が起こったの?

 呆然とする私に、莉愛さんが声を掛けてきた。

「空ちゃん大丈夫?ボールもらえる?」

 我に返った空は、慌てて莉愛にボールを渡した。すると、また莉愛がボールを数回床に突き、高く上げるとジャンプサーブ打ち込む。

「ズドンッ」

 大きな音を立てて、ボールが転がっていった。 
 
 すごい……。

 さっきのはまぐれじゃないんだ。

 これが、女の人のサーブなの?

 信じられない気持ちで、それを眺めながら莉愛のすごさを、その体と肌で感じた空だった。


 *


 その日の帰り道、莉愛と大地それから空が三人いつもの道を並んで歩いた。桃ノ木川のサイクリングロードは三人並んであるいても余裕のある道だ。そんな車の進入することの無い道を歩きながら、空は興奮気味に話した。

「莉愛さんて、すごいんですね」

「あはは……。男みたいで怖かったでしょう」

「いえ、そんなこと無いです。めちゃくちゃ格好良かったです。お兄ちゃんの彼女が莉愛さんで良かったって思いました」

 そう言うと、莉愛さんが嬉しそうに笑ったので、私も一緒になって笑った。


 


 
 次の日、学校に行き席に着くと、いつものように友達がやって来た。

「空、おはよう。ご機嫌だけど、どうしたの?」

「それが昨日、お兄ちゃんの彼女に会ったんだ」

「えっ!!女王に会ったの!!」

 女王?

「大地さんの彼女って、女王でしょ?あっ……空は留学してたから知らないのか、ほら見て、すっごく格好いいの!」

 興奮気味の友達からスマホの動画を見るよう促される。そして、そこに映っていた光景に驚愕する。

『跪きなさい。そして私に勝利を捧げなさい』

 美少女が、スタメンメンバーを跪かせ、妖艶に笑っていた。

 何これ……めちゃくちゃ、かっこいい!!

 頬を染め、スマホを凝視する空に友達が笑った。

「あはは、ねっ。すごい美人で格好いいよね。いいなー。私も女王に会いたかった」

 そんな友達の言葉を聞き流しながら、空はスマホの動画を見続けるのだった。


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