純愛カタルシス💞純愛クライシス
♡♡♡

 脳みそを両手で潰されるような、激しい痛みで目が覚めた。嫌なそれに顔を歪ませて瞳を開けたら、見慣れた天井が目に留まる。

「美羽姉!」

 その次に目を真っ赤にした学くんの顔が飛び込んできたことで、自分が助かったことを知った。

「学く……」

「具合が悪そうだな、大丈夫か?」

 横たわる私の頬に触れながら訊ねる。学くんのてのひらのあたたかさを直に感じて、ほっと胸を撫でおろした。

「頭痛がしてるの。カバン取ってくれる?」

 私の指示に、学くんはベッドの傍らに置いてあったカバンを取ってくれた。よろよろ起き上がってそれを手にし、ポーチを引っ張り出して、頭痛薬のシートを手にしたら。

「ちょっと待ってて、水持ってくる」

 目尻に浮んだ涙を拭った学くんが、足早に立ち去る。

 カバンを手にしたことで、ついでにあるものを取り出して電源を切った。

「美羽姉、それって――」

「ボイスレコーダー。学くん以外の男の人は、信用できないからね」

 実は副編集長さんと飲んだときも、一応起動していた。だけどそのときの内容はオフレコなので、学くんに聞かせられない。

「ということは、さっき堀田さんと一緒にいたときも?」

「うん。呼び止められたときに、慌てて起動したよ。だから私が気を失ったあとのことも、音として残ってる」

 ボイスレコーダーが手元にないときは、スマホがその役割を果たした。しかしながら良平さんの浮気がキッカケで、こんなことに手慣れてしまう現実が、実は悲しい。

「美羽姉、水……」

「ありがとう」

 キャップのあいたペットボトルを受け取り、シートから取り出した薬を口に含む。そしたら学くんがペットボトルを奪って水を飲み、私に口移ししてくれる。

「んっ、ンン……」

 水と一緒に薬をゴクンと飲み込んだのがわかったのか、学くんが舌を挿入して、私の舌に絡めようと蠢く。

「ぁあっ…んあっ」

 私が逃げないように、後頭部に片腕をまわして唇を押しつける。

「消毒終了、一応な」

「学くん――」

 ふたたび顔を寄せてまぶたにキスを落としてから、持っていたペットボトルをテーブルに置きに行く。

「学くん、あのね」

 私が話しかけたら、学くんはテーブルの横で正座をし、頭を深く下げる。

「昨日は悪かった! あんなことされたのを見たら、美羽姉が傷つくのがわかっていたのに、俺に隙があったのがいけなかった!」

「でもあの状況じゃ、彼女の行動を咄嗟に避けるなんて、どう考えても無理だよ」

「それでも俺は! なんていうか、もっと毅然とした態度で、若槻さんに接しなきゃいけなかったと思う。彼女に優しくして甘えさせた結果が、あの出来事につながったのは間違いない。俺のせいなんだ……」

 落ち込んだように下を向き、膝の上に置いた学くんの両手が、ぎゅっと強く握りしめられた。

「うん、そうだね」

 短い私の返答に、学くんの体がびくりと竦む。

 昨夜は扉一枚隔てた状態だったせいで、お互いの気持ちが見事にすれ違い、平行線を維持したままだったけれど、やっぱりこうして顔を突き合わせて話をしなきゃいけないことを、あらためて思い知った。

「美羽姉が堀田さんに背負われてる姿を見て、すげぇショックだった。たぶん昨日の美羽姉のショックと、同じくらいかもしれないなって」

 言いながら、恐るおそる私を見つめる。学くんの瞳が悲しげに揺らめいていて、ショックなのがしみじみと伝わってきた。

「学くんがLINEの返事をすぐにしてくれたことで、少しの時間だったけど、眠らないように頑張れたんだよ」

「居酒屋に行ったら、酔いつぶれたお連れ様を背負って、今さっき出て行きましたよって、店員さんに言われてさ。堀田さんが行くであろう場所がラブホテル一択しかなかったから、そこに目がけて走ったらビンゴだったわけ」

 学くんの話を聞いて、ボイスレコーダーを少し巻き戻した。適当なところで再生してみる。

 ガラガラという居酒屋の扉の音がしたあとに。

『よいしょ、どうもすみません』

『お連れ様、大丈夫ですか?』

『ええ。少し体調が悪かったみたいで、すぐにお酒が回ってしまったらしいです』

『お気をつけて。またのご来店お待ちしております』

 堀田課長と店員さんのやり取りのあと、しばらくの間、街の喧噪と靴音だけが聞こえた。寂しいところに近づいてるのが、どんどんざわめきがなくなることで音として伝わるせいで、妙にドキドキする。そして――。

『堀田さんっ!』

 ハリのある大きな声で、学くんがタイミングよく登場した。まさに間一髪だっただろう。

『あ、小野寺さんの彼氏……』

 堀田課長の声は、らしくないくらいに動揺している感じに、私の耳に聞こえた。

『冴木です、こんばんは!』

『さっきまで小野寺さんと飲んでいたんだけど、この有様でね』

『そうでしたか、お手数をおかけしました。とりあえず、彼女を引き渡してください』

 堀田課長に比べて、学くんの口調は威圧感があって、たじろいでしまう雰囲気があった。ガサガサ大きな音がしたことで、私が学くんに渡されたらしい。

『堀田さん、酔いつぶれた俺の彼女と、どこに向かおうとしていたんですか?』

『どこって、ビジネスホテルに小野寺さんを寝かせようと思って、向かっていたところだよ』

『ちなみにビジネスホテルは、反対方向にあります。目の前の道につながってるのは、ラブホしかありませんけど?』

『そっ、そうなんだ。知らなかったな、ぁ……』

 上擦った声で返事をした時点で、堀田課長が嘘をついてるのが明らかだった。

『俺、仕事柄、道には詳しいんです。特にホテルの場所に関しては』

 芸能人の恋愛をスクープすべく、普段からホテル近辺で張り込みをしている学くん。高級ホテルからラブホテルまで、すべて熟知しているだろうな。

『ちなみに、冴木さんのお仕事はなにを?』

『頭文字に「K」のつく職業です』

『けっ、警さっ……、えっ?』

 思わず口元を押さえて、なんとか笑いを堪える。機転の利く彼氏はベッドに腰かけて、私の体を優しく抱きしめた。
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