純愛カタルシス💞純愛クライシス
☆☆☆

 それは幸恵さんと付き合って、もうすぐ一年が過ぎようとした頃だった。仕事は順調だったが、アキラの指摘したとおり、離婚の話し合いも平行線のまま、人には言えない交際が続いた。

 これだけときが経ってしまうと、不倫しているという罪悪感もすでに麻痺し、いつかちゃんと幸恵さんと付き合い、結婚することができることを支えに、日々を過ごすしかなかった。

 この日は午後から仕事だったので、午前中を漫然としながら時間を過ごしている俺のスマホに、急な呼び出しがあった。着信音で誰なのかすぐにわかるようにしていたこともあり、待たせないようにすぐに画面をタップする。

「もしもし!」

『もしもし一ノ瀬くん、今大丈夫?』

 幸恵さんからのコールを嬉しく思いながら、明るい声で話しかける。前日まで旦那さんが在宅していたので、三日間逢えていない。

「午後から仕事なので、今は体が空いてます」

 旦那さんが帰るタイミングがわからないので、俺からは連絡しづらくて、こういうときはいつも幸恵さんからのアクセス待ちだった。

『じゃあ、ウチに来てくれない? 重たい物を戸棚に戻してほしいの』

「すぐに行きます!」

 三日ぶりに逢えることにウキウキした気分が、足取りに表れる。瞬く間にアパートの隣にある幸恵さんの自宅に着き、ピンポンを押して、珍しく鍵がかかっていない家に入り込み、そのままリビングに顔を出した俺を、笑顔の幸恵さんがキッチンで出迎えてくれた。

「一ノ瀬くん、逢いたかった」

「ホントですか? 重たいものを移動させる、便利な男だと思ってません?」

 以前は言えなかったこういう文句も、平然と言えるようになったのは、幸恵さんが「アナタだけしかいないの」って、俺を頼りにしてくれるから。旦那さんじゃなく俺を頼ってくれることで、俺は彼女に愛情をもって接することができた。

「この三日間、旦那の相手をして疲れてる私に、酷いことを言うのね」

「だって重たい物を戸棚に戻してほしいって、俺を呼び出したから」

「だったらなんて言って、一ノ瀬くんを呼び出したらよかったのかな?」

 キッチンからリビングに移動して俺に近づいた幸恵さんは、抱きつきながら顔を見上げる。

「旦那さんの相手って、その……」

「言わなくてもわかるでしょ。適当な愛撫してから、突っ込んで腰振って終わり。一ノ瀬くんは全部丁寧にしてくれるのにね」

「…………」

 俺を持ちあげるように旦那さんと比較されても、正直嬉しくない。だって幸恵さんが旦那さんに触れられている事実を、再認識するだけになる。

「一ノ瀬くんのその顔。すごく妬いてる?」

「妬いてます」

 焦れた低い声がリビングに響く。それを聞いた幸恵さんは、さも満足げに笑った。

「あの人に抱かれても、私が好きなのは一ノ瀬くんだから。妬く必要はないのに」

「それでも妬きます。大好きな人がほかの人に抱かれたのを知って、妬かない男はいないと思います」

 言い終えてから、顔を寄せてキスをした。触れるだけのキスを数回して、濃厚なキスに移行し、幸恵さんの体をキツく抱きしめる。

「だったらこれから上書きして。一ノ瀬くんの愛を私の体に知らしめてほしい」

 トロンとしながら俺に体重を預けた幸恵が、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。体に感じる拘束感で、不意に思い出す。

「あ、急いで入って来たので、鍵をかけるのを忘れました」

「この時間帯は、誰も来ないわ。それよりも、早く私を感じさせてほしいの。私を一ノ瀬くんだけのものにして」

 その言葉に喜び勇んで幸恵さんを横抱きにし、慣れた足取りで寝室に向かった。

「一ノ瀬くん、早くして!」

 ベッドにおろすと、珍しく自分から着ている服を脱ぎ、あっという間に上半身だけ裸になる積極的な幸恵さんを見てるだけで、自然と興奮してしまった。

「幸恵さん待ってください。俺も服を――」

「そのままでいいから、早く抱いて!」

 せっかちな幸恵さんは俺に抱きつき、その勢いで一緒にベッドの上に倒れる。

「昨日旦那さんともシたのに、そんなに俺がほしいんですか?」

 俺の腰に両足を絡めながら下半身を押しつける幸恵さんに、思わず訊ねてしまった。

「ほしいに決まってるでしょ。大好きな一ノ瀬くんだから、我慢できないの」

「幸恵さん……」

「三日間ずっと一ノ瀬くんに逢いたかった。私の寂しかった気持ちがわかる?」

 涙を滲ませて顔を歪ませる彼女の頬に唇を押しつけた瞬間、寝室の扉が勢いよく開け放たれた。その物音にギョッとしながら、彼女を抱きしめると、旦那さんが唖然とした面持ちで俺を凝視する。

「俺の家で、なにやってんだ、コラ!」

 旦那さんはズカズカ足音を立てて近づくなり、俺の襟首を掴んで幸恵さんと引き離すと、顔面に目がけて拳を振りおろした。

 無様にベッドから転がり落ちたが、なんとか受け身をとり、頬に手を当てる。殴られることがわかっていたので、歯を食いしばったが、口の中が切れて血の味がぶわっと広がった。
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