二枚目俳優と三連休
「違うんです。実は。私、9歳の時に母を亡くして、それから父と二人暮らしだったんです。それで、父が食事を主に作るようになって。平日は忙しいから土日にどかっと作り置きするんです。唐揚げ、豚肉のしょうが焼き、カレーにシチューにハヤシライス。これを無限ループ的に出されて…」
「な、なるほど…それはキツイな」
「はい。その反動で、独り暮らし始めてからそのローテンションメニューは絶対食べなくなってしまって。ここ三年ほど、煮魚、ホイル蒸し、焼き魚、お刺身、このローテーションで晩御飯を食べていて。そんなわけで、カレーは三年ぶりなんです」
 高柳が呆れた声を出した。
「お父さんの愛も偏ってるけどな。君の嗜好も、たいがい偏ってるで。もっとちゃんと、野菜とか、煮物とか食べんとあかん。伊藤さん、もっとちゃんとしてる子かと思ってたのに…びっくりや」
 不思議なものを見る目で、さなえを見る。
「はい。会社でもよく言われます。この3年、お昼はコンビニのおにぎりのエリンギバター醤油炒め、なので」
 高柳が、更に、ぎょっとした顔をする。
「たまにはサンドイッチとかもないん?」
「はい。エリンギバター醤油炒め一択です」
「徹底してるなあ…おっさんにはわからん感覚や」
 いつもテンションが高い高柳が、しおれた植物のようになってしまった。さなえは高柳をそんな風にさせてしまったことに焦った。何か、空気をぱっと変えるようなことを言わなくては。
「あの、ほんとうに、カレー美味しいです」
「三年ぶりの奴に言われてもなあ…」
 まだ全開でしおれている。
「だって、ほらこのお肉とかほろほろで。こんなの、父のカレーには入ってませんでした」
 そう言うと、高柳の目に光が戻った。
「そやろ?なんてったって、このカレーはな、牛テールカレーやねん。牛のしっぽをな4時間煮込んで作る、スペシャルカレーやねん」
 しおれた植物が復活して、ドヤ顔を見せた。
「4時間…すごいですねえ…」
 心から、感心した、と言わんばかりにさなえは尊敬の眼で高柳を見た。そんなさなえを見て、高柳が、ぷっ、と吹きだした。
「おかしな子やなあ。お父さんの愛情料理に飽きて、今度は魚とコンビニおにぎり三昧やて。変というか、なんていうか、極端な子なんやなあ」
 さなえは呆れ顔を見せる高柳をじっと見て、少し考えてから、言った。
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