二枚目俳優と三連休
 さなえは膝の上に置いていたハンカチをぎゅっと握りしめた。そして笑顔を作って言った。
『よかったね。もう私たちも大人だもんね。そういう事があってもいいよね』
『ちょっと早い気もするけど、あいつ、俺よりも年上だから安心させてやりたくてさ。同棲してても、まあ、なんかしっくりくる感じだから。決めたわけよ』
『そうかあ。プロポーズもうした?』
『したした。大き目の仕事のギャラふっとんだわ。指輪って高いのなー』
『いいな。そういうのって憧れる。ってか私、結婚どころか彼氏から見つけないといけないけど』
 さなえはわざとおどけて言った。どうか自分の苦い気持が滲んでいませんように。そう願いながら。
 すると、瞬が言ったのだ。
『そうだよな。さなえも彼氏つくれよ。紹介してやる。商社マンで本好きの奴、知ってるよ。俺の知り合いの中だと一番地味で堅い奴。パリピなんかじゃない、そういう奴ならさなえもいいだろ?』
『そうね。そういう人なら会ってみたいかも』
 瞬の会話に合わせるだけで精一杯だった。そうよ、瞬ちゃん以外の男性にも目を向けるべきよ、ともう一人の自分が言っていた。でも、本当は違った。知らない男とつきあうくらい、乱暴なことをしないと、瞬への恋心が消えそうになかったのだ。
 そうして、傷心のまま、紹介された田島と会ってしまった。
 田島は、会って最初の日は緊張していたのか、口数も少なく、瞬の言う通り、大人しそうな印象だった。しかし、二回目に会ってみると、自分がいかに東洋商事のエリートサラリーマンか語り出し、自分以外は皆、バカだと言い出した。さなえが呆れていると、田島のノリはエスカレートし、何を見ても上から目線で、行動の端々にも傲慢さが見えた。
 さなえはその2回目のデートですっかり嫌気が差し、3回目に会った、あの日のカフェで『あなたとはおつきあいできません』と言ったところ、水をぶっかけられたのだった。
 そうして言われたのだ。
『…俺、あきらめないからな』
 なるほど、言葉どおり田島は諦めていなかったわけだ。その日から昨日まで連絡がなかったのは、多分仕事のせいだ。明後日から海外出張なんだ、と自慢していたのを、さなえは覚えている。
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