ヤンデレくんは監禁できない!
夢見る乙女
芽衣里はぼんやりとドアの前に立っていた。
長い間待ち望んだ、自分が住むアパートのドアだ。
だと言うのに、鞄に入れたままの鍵を取り出そうともしない。そもそもここまでどうやって帰ってきたのか、全く思い出せなかった。
(『芽衣里には関係ない』か……)
このまま突っ立っていても仕方がないので、鍵を取り出してドアを開ける。
一週間と数日ぶりの我が家だ。玄関の隅にあるビニール傘も、テーブルに置きっぱなしの教科書も、何も変わっていない。
一分もかからずに部屋中を確認してしまうと、奥にあるベッドに倒れ込んだ。生活臭が芽衣里を緩やかに包む。
(凌はいつも、何も話してくれない……)
芽衣里は仰向けになって薄暗い天井を見つめた。凌への負の感情が、甘く閉めた蛇口の水のように、静かに垂れ流される。
(監禁も、別荘もそう。家族のことだって今日初めて知った)
瞼を閉じる。記憶を映像として再生する。
『私の親? ウエディングプランナーと弁護士だよ。それがどうかしたの?』
『色んな人や事件をみてきたんじゃないか? それこそネタになりそうな──』
『他人事だと思って!……でも本当に色んな考え方の人がいたよ。それこそこっちがまるで理解できないようなタイプの』
『真岡さん、今後のミステリー小説界の興隆を共に目指しませんか? 手始めに御両親の電話番号など──』
『なにキメ顔してんの? 教えないよ。そういう約束でしょ?』
『チッ……そーですねー、約束ですもんねー』
『顔が納得してないよ。と言うか、光滝さんの親のほうがよっぽどネタになりそうだけど』
『え! あー、いや……面白くもなんともないし、うん』
『……光滝さんの親って何してる人なの? 作家?』
『いやまぁ……それより今は真岡さんが今まで関わってきた事件を教えてほしい。終わったら好きなもん食べに行こう』
万事がこの調子で、上手いことはぐらかされてきた。仕事のことはたまに教えてはくれたが、両親や幼少期については徹底して話そうとはしなかった。
言いたくないならそれはそれで良いと思う。芽衣里にだって話したくないことの一つや二つはある。でも心配してくれる人にあんな言い方はない。
(横手山さん、いっつも振り回されて……本当に大変そう……)
声は聞こえなかったが、きっと気を揉んでいるだろう。
凌と交際することになった時、真っ先に報告したのは横手山だった。付き合うことになった、と二人で伝えに行くと、居住いを正し、凌を射抜くような目で見ながらこう言い放った。
『先生、脅すのは良くないと思います』
……後から聞けば、芽衣里へのネタ帳扱いが高じて、凌が自分から離れないようにするために脅して交際に持ち込んだと思ったらしい。
(横手山さん、凌がネタ目当てであたしと連絡先交換したって知ったら心配してくれたんだよね……)
凌に無茶な要求をされていないか、それとなく聞かれたりしたが、芽衣里は芽衣里で逞しく、
〝あたしがどうしても話したくないことは話さない。
両親や兄の詮索はしない、話すのはあたしのことだけ。
一つの事件を話すごとに、食事やレポートの手伝いをする。〟
……この条件を守るなら交換すると交渉し、凌は首を縦に振った。
(すぐ終わると思ったのに……)
芽衣里が関わった事件はそこまで大きくはないし、数だって多くはない。数週間、いやどれだけ長くても一ヶ月で終わりだろうと高を括っていた。
その予想は大きく外れ、凌は目を煌かせながら、『一緒にいるだけで色んな事件が起きる!』と芽衣里の両手を包み込むように握り『もう少し一緒にいさせてほしい!』とうっとりとした表情で囁いた。
芽衣里はドン引いた。
(それが……恋人同士に……)
知らないうちに眠気が忍び寄っていた。
芽衣里の意識は水底に沈むように、ゆっくりと静かに沈んでいった。
長い間待ち望んだ、自分が住むアパートのドアだ。
だと言うのに、鞄に入れたままの鍵を取り出そうともしない。そもそもここまでどうやって帰ってきたのか、全く思い出せなかった。
(『芽衣里には関係ない』か……)
このまま突っ立っていても仕方がないので、鍵を取り出してドアを開ける。
一週間と数日ぶりの我が家だ。玄関の隅にあるビニール傘も、テーブルに置きっぱなしの教科書も、何も変わっていない。
一分もかからずに部屋中を確認してしまうと、奥にあるベッドに倒れ込んだ。生活臭が芽衣里を緩やかに包む。
(凌はいつも、何も話してくれない……)
芽衣里は仰向けになって薄暗い天井を見つめた。凌への負の感情が、甘く閉めた蛇口の水のように、静かに垂れ流される。
(監禁も、別荘もそう。家族のことだって今日初めて知った)
瞼を閉じる。記憶を映像として再生する。
『私の親? ウエディングプランナーと弁護士だよ。それがどうかしたの?』
『色んな人や事件をみてきたんじゃないか? それこそネタになりそうな──』
『他人事だと思って!……でも本当に色んな考え方の人がいたよ。それこそこっちがまるで理解できないようなタイプの』
『真岡さん、今後のミステリー小説界の興隆を共に目指しませんか? 手始めに御両親の電話番号など──』
『なにキメ顔してんの? 教えないよ。そういう約束でしょ?』
『チッ……そーですねー、約束ですもんねー』
『顔が納得してないよ。と言うか、光滝さんの親のほうがよっぽどネタになりそうだけど』
『え! あー、いや……面白くもなんともないし、うん』
『……光滝さんの親って何してる人なの? 作家?』
『いやまぁ……それより今は真岡さんが今まで関わってきた事件を教えてほしい。終わったら好きなもん食べに行こう』
万事がこの調子で、上手いことはぐらかされてきた。仕事のことはたまに教えてはくれたが、両親や幼少期については徹底して話そうとはしなかった。
言いたくないならそれはそれで良いと思う。芽衣里にだって話したくないことの一つや二つはある。でも心配してくれる人にあんな言い方はない。
(横手山さん、いっつも振り回されて……本当に大変そう……)
声は聞こえなかったが、きっと気を揉んでいるだろう。
凌と交際することになった時、真っ先に報告したのは横手山だった。付き合うことになった、と二人で伝えに行くと、居住いを正し、凌を射抜くような目で見ながらこう言い放った。
『先生、脅すのは良くないと思います』
……後から聞けば、芽衣里へのネタ帳扱いが高じて、凌が自分から離れないようにするために脅して交際に持ち込んだと思ったらしい。
(横手山さん、凌がネタ目当てであたしと連絡先交換したって知ったら心配してくれたんだよね……)
凌に無茶な要求をされていないか、それとなく聞かれたりしたが、芽衣里は芽衣里で逞しく、
〝あたしがどうしても話したくないことは話さない。
両親や兄の詮索はしない、話すのはあたしのことだけ。
一つの事件を話すごとに、食事やレポートの手伝いをする。〟
……この条件を守るなら交換すると交渉し、凌は首を縦に振った。
(すぐ終わると思ったのに……)
芽衣里が関わった事件はそこまで大きくはないし、数だって多くはない。数週間、いやどれだけ長くても一ヶ月で終わりだろうと高を括っていた。
その予想は大きく外れ、凌は目を煌かせながら、『一緒にいるだけで色んな事件が起きる!』と芽衣里の両手を包み込むように握り『もう少し一緒にいさせてほしい!』とうっとりとした表情で囁いた。
芽衣里はドン引いた。
(それが……恋人同士に……)
知らないうちに眠気が忍び寄っていた。
芽衣里の意識は水底に沈むように、ゆっくりと静かに沈んでいった。