政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
 今シーズンはじめての寒波が訪れ、窓の外は吹雪いている。加賀ホールディングス本社ビルの最上階で、定例の取締役会が行われている。
 コの字型に並ぶ取締役たち。
 隆之はその中央に座り、彼らと対峙していた。
 今日の議題はもっぱら今井コンツェルン北部支社の株式についてだった。

「社長、お考えをお聞かせください」

 副社長である叔父が口を開く。隆之をあえて社長と呼びかけて、グループのトップに立つ者の責務を思い出させようとしている。
 それを重く受け止めて、隆之は一旦目を閉じる。そしてゆっくりと開き、宣言した。

「我が社は、今井コンツェルン北部支社に対するTOB(※株式公開買付)を実施する」

「なっ……!」

 隆之の言葉に、その場にいる者全てが瞠目し、言葉を失う。叔父の椅子がガタンと音を立てる。そこへ隆之は畳み掛けた。

「今井コンツェルン北部支社を加賀ホールディングスの傘下に取り込む」

「し、しかしそんなことが可能なのか⁉︎ 北部支社はすでに今井コンツェルンの子会社じゃないか」

 取締役から疑問の声があがる。

「可能です」

 隆之は言い切った。
 通常子会社とは、親会社が子会社の株式の50パーセント以上を所有することで成立する。過半数の株を取得することで会社の決定権を支配できるからだ。だが、例外もあった。
 株式の過半数を所持していない場合でも、取締役会の構成員のうち、過半数が親会社の役員であり会社の意思決定権を支配できている場合は連結子会社とすることができる。
 北部支社はこれにあたる。

「北部支社の株式のうち今井コンツェルンが占める割合は、40パーセント。取締役5名のうち3名が——ほとんど東京からは来られませんが、本社の役員です。これで今井コンツェルンは北部支社を子会社化しています」

 隆之は一旦言葉を切って、自分を凝視する面々をぐるりと見回す。そしてまた口を開いた。

「対する我が社、加賀ホールディングスが北部支社に占める株式の割合は、35パーセント。これを公開買付により50パーセントまで引き上げ、本社役員の3名にご退場願えれば、北部支社は我が社の傘下へ取り込む事ができる」

「だ、だが……」

 叔父が何か言いかける。隆之は彼に向かって語りかけた。

「北部支社はずっとこの地の経済を牽引する存在でした。それは紛れもない事実でしょう。それなのに、今更彼らを見捨てることなど私にはできません。確かに我がグループのことだけを考えれば私一人が身を引くのが、最善の策でしょう。だが己の利益のみを優先させて、誰かを切り捨てる選択を続ければ、加賀家(わたしたち)もやがては今井家と同じ道を辿るでしょう」

「……勝算はあるのか」

「五分五分です」

 だがそれでもやらなければならないと隆之は確信していた。

「TOBを発表したら私はすぐに東京へ飛び、株主たちを説得して回ります」

「……今井財閥と全面対決しておいて、失敗に終わればお前は社長の座を追われるぞ」

 唸るように叔父は言う。
 それでも隆之は怯まなかった。

「手を引けと言ったのは叔父さんじゃないですか」

「辞任と解任ではわけが違うと言っておるのだ! TOBが失敗に終われば、加賀ホールディングスとしてもお前の責任を追求せざるを得なくなる。社会的信用を失うことになるんだぞ!」

 声を荒げる相手に対して、隆之は冷静だった。

 望んで得た地位ではない。

 でもリーダーであるならば、最後まで彼らを守るという使命がある。その使命をまっとうすることに迷いはなかった。たとえ、今まで築いてきた社会的信用の全てを賭けることになったとしても。

 立ち上がり、叔父と取締役たちを見回すと、熱い興奮が腹の底から沸き起こる。この状況をどこかで愉快だと感じている。やはり自分は根っからの勝負師なのだと確信する。
 口もとに自然と笑みが浮かぶ。

 目の前の彼らを鋭く睨み、隆之は宣言した。

「勝算は五分五分。厳しい戦いになるでしょう。でも必ず成し遂げる。……俺は欲しいと思ったものは、絶対に手に入れる主義なんだ」
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