『政略結婚は純愛のように』番外編集
日が落ちて子供たちが寝たあとの加賀家にて、布団の中に座る由梨が隆之の剥いたりんごを美味しそうに食べている。
手にしているどんぐりを見て目を細めた。
「すごくおっきいどんぐり、つやつや」
隆之が預かったどんぐりを沙羅は由梨にあげるつもりだったようだ。
夕方、保育園で描いたプリンセスの絵とともに、由梨に渡すようたのまれた。
「風邪が早く治るように。お守りだそうだ」
隆之が言うと、由梨はふふふと笑った。
「こんなにおっきくて綺麗などんぐり、なかなかないよね。効き目ありそう」
「効き目は俺が保証するよ」
商談での出来事を思い出しながら隆之は言った。
「それにしても、りんごを食べられるようになって安心したよ」
昼間ずっと寝ていたからか、由梨の顔色は随分とよくなった。
呼吸も苦しくなさそうだ。
「うん、この調子だと明日には動けるようになりそう。今日は全部任せてごめんなさい」
「いや、謝るのは俺の方だ。由梨が普段どれだけ頑張っているのか今日一日でよくわかったよ」
リモートを取りやめるよう警告した長坂は正しかった。
午後ずっと、隼人の機嫌が悪かったのだ。
母親がいなかったからだろう、離乳食を食べず昼寝もできず。結局ほとんどの時間を隆之の腕の中で過ごしたのだ。
唯一の救いは、抱いている間は泣き止んでくれたこと。だがずっと抱いていたから腕が痛い。
秋元が午前中に、夕食を作っておいてくれていなかったら、沙羅にご飯を食べさせることもできなかった。
ふたりが寝てようやく隆之は、夕食の後片付けやその他の家事に手をつけることができる。
「はっくん大変大変だったんじゃない? ごめんなさい」
心配そうに由梨が言った。
さすがは母親だ。詳細を言わなくてもどういう状態だったか、大体の想像はつくようだ。
「いや、むしろよかったよ。由梨の毎日がどれだけ大変かわかったし……いや、まだ半分もわかっていないと思うけど」
まだ少し熱っぽい彼女の額を撫でながら、隆之はため息をついた。
「とにかく、明日、明後日は週末だから俺は家にいられる。引き続き俺に全部任せて、由梨はしっかり休んでくれ」
この週末、すべてのことをひとりでやれば、毎日の由梨の大変さと、これから自分がどうやって彼女の負担を減らせるのかがわかるような気がする。
「え? だけどたぶんこの感じなら、明日には動けるようになると思うよ」
りんごを食べ終えフォークを置いた由梨が言った。
「ダメだ。とにかくしっかり身体を休めてくれ。子供たちのことで気になることがあるならおしえてくれたらその通りにするから。君は寝ててくれ」
ほとんど頼むようにそう言うと、彼女は戸惑いながら頷く。
でもすぐに何かを思いだしたようで、困ったように眉を寄せた。
「あ、でも日曜日はダメ。保育園の大掃除の日なの。係の保護者が参加してワックスがけをすることになってて」
「大掃除? ……確か先月も行ってなかったか? あれって毎月だったか?」
「毎月あるけど、当番が当たるのは一年に一回。でも今月は人数が足りないって、係の人が困ってたから参加することにしたの」
由梨の言葉に、園長が言っていたのはこれだなと隆之は思う。
困っている人の助けになるのはいいことだが、自分も体調が万全ではないのに行こうとするのは感心しない。
園長に言えば欠席することはできるだろうが、それでは彼女は気に病むだろう。
それに、ある意味いい機会だ。
「なら、日曜日に君の体調が戻っていたら、その間だけ子供たちを見ていてくれ。大掃除は俺が行く」
隆之が言うと由梨が目を剥いた。
「ええ⁉︎ 隆之さんが? ……それはちょっと……」
「どうしてだ? 父親の参加はダメという決まりでもあるのか?」
「そうじゃないけど……」
「ワックスがけなら男手があった方がいいだろう。明日と言わず来年からは俺が行くことにするよ。ほらもう寝て、まだ熱が下りきっていないだろう。明後日のことは君が元気になったら話し合おう」
なおも何か言いたげな由梨を、隆之はやや強引に寝かせて布団をかけた。
そのままほとんど無意識のうちに、彼女の枕もとに手をついて、口づけようとしたところで。
「ダメ」
熱っぽい手に阻まれる。
「うつったらどうするの?」
眉を寄せて由梨が言った。
「大丈夫だよこれくらい」
離れた部屋で寝る由梨を恋しく思うのは、子供たちだけではない。
隆之も今日一日、同じ家にいながら、彼女の声を聞けず顔を見られないのを物足りなく思っていた。
今夜も別々に寝ることになるのだからその前に額にキスするくらい……と思う。
隆之は、もう一度トライする。が、彼女はそれを頑なに拒んだ。
少し潤んだ目で隆之を睨む。
「隆之さんまで倒れたら、子供たちはどうなるの?」
その目に、昼間の長坂の言葉を思い出す。
『命を育てているのだという責任感に欠ける』
確かに、今自分になにかあったら家族は大変なことになる。由梨も安心して休めないだろう。
諦めて、そっと離れた。
「その通りだな」
本当に今日は反省することばかりだと思いながらそう言うと、由梨はホッとしたように頬を緩める。
「でも、嫌なわけじゃないから……その……」
鼻のあたりまで掛け布団をあげてそう言う彼女は、まだ微熱があるからか、いつもより初々しく隆之の目に映った。
自分を見つめる潤んだ瞳に、またキスしたい衝動に駆られる自分に呆れるくらいだった。
「わかってるよ。だからこそ、早く元気になってくれ」
愛おしくてすぐにでも抱きしめたい衝動を堪えてそう言うと、彼女は笑みを浮かべて目を閉じた。
手にしているどんぐりを見て目を細めた。
「すごくおっきいどんぐり、つやつや」
隆之が預かったどんぐりを沙羅は由梨にあげるつもりだったようだ。
夕方、保育園で描いたプリンセスの絵とともに、由梨に渡すようたのまれた。
「風邪が早く治るように。お守りだそうだ」
隆之が言うと、由梨はふふふと笑った。
「こんなにおっきくて綺麗などんぐり、なかなかないよね。効き目ありそう」
「効き目は俺が保証するよ」
商談での出来事を思い出しながら隆之は言った。
「それにしても、りんごを食べられるようになって安心したよ」
昼間ずっと寝ていたからか、由梨の顔色は随分とよくなった。
呼吸も苦しくなさそうだ。
「うん、この調子だと明日には動けるようになりそう。今日は全部任せてごめんなさい」
「いや、謝るのは俺の方だ。由梨が普段どれだけ頑張っているのか今日一日でよくわかったよ」
リモートを取りやめるよう警告した長坂は正しかった。
午後ずっと、隼人の機嫌が悪かったのだ。
母親がいなかったからだろう、離乳食を食べず昼寝もできず。結局ほとんどの時間を隆之の腕の中で過ごしたのだ。
唯一の救いは、抱いている間は泣き止んでくれたこと。だがずっと抱いていたから腕が痛い。
秋元が午前中に、夕食を作っておいてくれていなかったら、沙羅にご飯を食べさせることもできなかった。
ふたりが寝てようやく隆之は、夕食の後片付けやその他の家事に手をつけることができる。
「はっくん大変大変だったんじゃない? ごめんなさい」
心配そうに由梨が言った。
さすがは母親だ。詳細を言わなくてもどういう状態だったか、大体の想像はつくようだ。
「いや、むしろよかったよ。由梨の毎日がどれだけ大変かわかったし……いや、まだ半分もわかっていないと思うけど」
まだ少し熱っぽい彼女の額を撫でながら、隆之はため息をついた。
「とにかく、明日、明後日は週末だから俺は家にいられる。引き続き俺に全部任せて、由梨はしっかり休んでくれ」
この週末、すべてのことをひとりでやれば、毎日の由梨の大変さと、これから自分がどうやって彼女の負担を減らせるのかがわかるような気がする。
「え? だけどたぶんこの感じなら、明日には動けるようになると思うよ」
りんごを食べ終えフォークを置いた由梨が言った。
「ダメだ。とにかくしっかり身体を休めてくれ。子供たちのことで気になることがあるならおしえてくれたらその通りにするから。君は寝ててくれ」
ほとんど頼むようにそう言うと、彼女は戸惑いながら頷く。
でもすぐに何かを思いだしたようで、困ったように眉を寄せた。
「あ、でも日曜日はダメ。保育園の大掃除の日なの。係の保護者が参加してワックスがけをすることになってて」
「大掃除? ……確か先月も行ってなかったか? あれって毎月だったか?」
「毎月あるけど、当番が当たるのは一年に一回。でも今月は人数が足りないって、係の人が困ってたから参加することにしたの」
由梨の言葉に、園長が言っていたのはこれだなと隆之は思う。
困っている人の助けになるのはいいことだが、自分も体調が万全ではないのに行こうとするのは感心しない。
園長に言えば欠席することはできるだろうが、それでは彼女は気に病むだろう。
それに、ある意味いい機会だ。
「なら、日曜日に君の体調が戻っていたら、その間だけ子供たちを見ていてくれ。大掃除は俺が行く」
隆之が言うと由梨が目を剥いた。
「ええ⁉︎ 隆之さんが? ……それはちょっと……」
「どうしてだ? 父親の参加はダメという決まりでもあるのか?」
「そうじゃないけど……」
「ワックスがけなら男手があった方がいいだろう。明日と言わず来年からは俺が行くことにするよ。ほらもう寝て、まだ熱が下りきっていないだろう。明後日のことは君が元気になったら話し合おう」
なおも何か言いたげな由梨を、隆之はやや強引に寝かせて布団をかけた。
そのままほとんど無意識のうちに、彼女の枕もとに手をついて、口づけようとしたところで。
「ダメ」
熱っぽい手に阻まれる。
「うつったらどうするの?」
眉を寄せて由梨が言った。
「大丈夫だよこれくらい」
離れた部屋で寝る由梨を恋しく思うのは、子供たちだけではない。
隆之も今日一日、同じ家にいながら、彼女の声を聞けず顔を見られないのを物足りなく思っていた。
今夜も別々に寝ることになるのだからその前に額にキスするくらい……と思う。
隆之は、もう一度トライする。が、彼女はそれを頑なに拒んだ。
少し潤んだ目で隆之を睨む。
「隆之さんまで倒れたら、子供たちはどうなるの?」
その目に、昼間の長坂の言葉を思い出す。
『命を育てているのだという責任感に欠ける』
確かに、今自分になにかあったら家族は大変なことになる。由梨も安心して休めないだろう。
諦めて、そっと離れた。
「その通りだな」
本当に今日は反省することばかりだと思いながらそう言うと、由梨はホッとしたように頬を緩める。
「でも、嫌なわけじゃないから……その……」
鼻のあたりまで掛け布団をあげてそう言う彼女は、まだ微熱があるからか、いつもより初々しく隆之の目に映った。
自分を見つめる潤んだ瞳に、またキスしたい衝動に駆られる自分に呆れるくらいだった。
「わかってるよ。だからこそ、早く元気になってくれ」
愛おしくてすぐにでも抱きしめたい衝動を堪えてそう言うと、彼女は笑みを浮かべて目を閉じた。