ヒロインよ、王太子ルートを選べ!
「もういいわよ。……ええ、そうです。私がわざと階段から落ちてケガをしたフリしましたよ。お父様と宰相様と組んで、コレット様たちリード公爵家の立場を悪くしようと思ってね!」


 メイ様の目からは、涙がこぼれます。
 今までのような嘘泣きではなく、多分これは本当の涙。


「私だって幸せになりたかった。いつか私の努力は報われるはずだと思って、たった一人でこの世界で戦ってきたわよ。それなのに、いざゲームが始まったって、誰一人私に振り向いてくれない。それどころか全員が私の存在なんて無視じゃない! ヒロインだよ? 誰か一人くらい私のことを見てくれたっていいんじゃないの? 私の何がいけないのよ!」


 王城の裏庭、野菜畑のすぐ近くの土の地面に、メイ様は膝をついて項垂れます。すすり泣くメイ様に、空気を読めない男レオ様が追い討ちをかけます。


「メイの悪いところだって? たくさんあり過ぎて、一体どこから言えばいいんだ? まずは……」
「ちょっと待って! 言わないでいいわよ!」
「おい、どっちだよ」
「それより、ムーンライトフラワーはどこなのよ」
「お前に言う必要はない」
「教えてよ。もう私は、貴方たちの邪魔なんてしないから」
「お前のこと信じろって? 無理に決まってるだろ」


 地面に座り込んで泣きじゃくるメイ様に、容赦なく冷たい言葉を浴びせかけるレオ様、怖いっ!
 メイ様も少しは反省しているようですし、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないでしょうか?

 私がメイ様の隣にしゃがみ込んで、メイ様の背中にそっと手を当てようとしたその時――



「あ、レオナルド殿下! さっきお預かりした鉢植え、手入れ終わりました。外から見えないように、袋に入れておきましたんで、ここに置いておきますねー!」
「おぉいっ、 ジェラード! タイミングが悪すぎる!」


 先ほど私たちが入ってきた王宮の裏門の近くにある小屋のそばで、ジェラードがほいっと鉢植えの入った袋を地面に置いていきます。

 それを見たメイ様は、背中に触れようとした私の手を跳ねのけ、脱兎のごとく走り始めました。
 まずいわ! きっとメイ様はまだ、レオ様と一緒にムーンライトフラワーを見ることを諦めていないのね!

 どうしよう、レオ様。
 メイ様を止めるのは間に合わない。でも、あの花を見ないで!
 ムーンライトフラワーを、メイ様と一緒に見ないで欲しい!

 メイ様がムーンライトフラワーの袋に向かって、スライディングタックルして行きます。

 あ、この光景みたことある。
 きっとこれは、ビーチフラッグスね! 砂浜でこんがりと日焼けした猛者たちが、一本の旗を目指して戦う、あのビーチフラッグス。

 ……いやいや、今はそれどころではありません。私ったらこんな時にまでおかしなことを。

 スライディングしながら鉢植えの袋に手を伸ばすメイ様。

 あともう少しで袋に手が届く、その瞬間――


(ぐしゃっ)


 ――え? 『ぐしゃ』って何の音?
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