ヒロインよ、王太子ルートを選べ!
「おーい、コレット。いつまで待たせる気だよ。夜も遅いから、もう帰るぞ」

 なかなか出て来ない私を待ちくたびれたのか、ジェレミーお兄様が裏庭の中に入ってきました。そしてメイ様の目の前で『ぐしゃっ』と。


「……ジェレミーお兄様! その足元……」
「え? 足元? ああ……何か踏んでるな。すまん」


 お兄様。ムーンライトフラワーを袋ごと、思いっきり踏みつぶしてしまいましたね。お兄様が足を上げると、潰れた袋の口から見え隠れするのは、白い花びらの残骸。
 ああ、お兄様。ムーンライトフラワーが咲くのは今夜だけ、しかも一輪しか咲いていなかったと言うのに……!


「ああっ! 花が、ムーンライトフラワーの花が……!」


 すぐにメイ様は袋の口を開けて中を確かめますが、しばらくの沈黙のあと、がっくりと肩を落としました。
 あ……ダメだったってことですね。

 おかしいわ。もう夏なのに、冷たい風がひゅうっと裏庭に吹きすさびます。


「あ、えーっと、メイ様?」


 恐る恐る声をかけてみますが、メイ様は背中を小刻みに震わせながら無言です。
 私のうしろからレオ様が私の肩に手を置き、メイ様に駆け寄ろうとした私を止めました。


「酷い、酷いわ……!」


 地面に散り散りになったムーンライトフラワーの花びらの残骸を集めながら、メイ様は声にならない声を上げます。

 思えばこの数か月、私たちはずっとこのムーンライトフラワーに振り回されてきました。
 レオ様とヒロインの出会いイベントで見つかるはずだった若木はレオ様とマティアスの手によって鉢に移され、それを知らない私が一生懸命水やりをして育ててきました。

 夏至の日に花を咲かせたら、レオ様と二人で一緒に花を見たい。
 そう思ったのは、私だけでなくメイ様も一緒。

 今日が夏至であることをすっかり忘れていた私と違って、メイ様にとってはこの一夜花が、自分の人生をかけた大切なアイテムだったのだと思います。
 七歳で前世を思い出してからずっと不幸な未来に怯え続けていた私と同じく、ヒロインであるメイ様のこれまでの人生もまた、孤独に不安と戦い続けた日々の積み重ねだったのかもしれません。

 そう思うと、震える彼女の背中を抱き締めたくなってきました。


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