どうしても君に伝えたいことがある
第2章 変化
 相変わらず生きにくい毎日が続く。そんな日に少し変化があった。それは横山先生が会うたびに「1度でいいから教室で授業を受けてみてほしいんです」と頼んでくることだ。最初は全く行く気なんてなかったし、速攻で断っていた。でもこんなやり取りは1週間も続いた。横山先生はなんだかいつもビクビクしているから、1度断れば引き下がると思っていた。案外頑固なのか、それとも私に授業を受けて貰わないといけない理由があるのか。絶対に後者だろう。先生の様子を見ていると、日に日に焦っているからだ。なんて分かりやすい。


 つばきで毎日6時間自主勉強をしている私が、クラスに行っていないということが問題だからだ。しかも課題の提出からすると、そこまでクラスの人と学力の差があるわけでもない。そんな私が行っていないのは、クラス自体に何か問題があるのではないかと思われるからだと思う。中学の時にも同じようなことがあった。その時も同じように「1度でいいから。」と頼まれた。私は断れずに教室へと行ったが、それ以降教室に1度も行くことはなかった。別にいじめがあるわけでもなんでないけど、教室にいることに耐えられなかった。

 だから今回も全く行くつもりはなかった。行ったところで変に噂されるだけだ。でも先生はどうしても教室に行って欲しいのか、私にかける言葉が変わった。
「矢島さんは大学進学希望なんですよね。田西大学への推薦を貰うにしても、教室に行って成績を上げるということが大切だと思います。テストの点だけでは教師は成績をつけることは難しいので、普通の生徒よりも低くなってしまいます。判断基準を増やす為にも、ぜひ教室で授業を受けてみてください。」
と言ってきた。まるで脅されているように感じるが、オドオドと自信なさげな言うので先生が脅されているみたいだ。

 それほど上からの圧が強いのか、かわいそうにと思った。でも確かに先生の言う通りだ。いくら系列校の田西だとしても、ある程度の成績が無ければ推薦は貰えない。しかも私は授業に出てないから、課題とテストでしか先生には判断基準がない。授業態度や学習意欲といった加点されるものは、私には無いようなもの。家庭科や音楽の副教科は課題なんて滅多にないから、それこそ成績のつけようがない。

 先生の言うことに反論できず、ついに私は「とりあえず先生の授業だけ受けてみます。」と苦笑いで答えた。先生はその言葉を聴くと、一瞬目を見開き安心した顔で笑っていた。これ以上断り続けても先生の肩身が狭くなるだけだし、とりあえず1回だけ行ってみよう。「じゃあ矢島さん、明後日の3時間目の授業でどうかな。」と先生は嬉しそうに尋ねてくる。横山先生のこんな嬉しそうな顔初めて見た。先生のことだから、私の気持ちもかんがえずに急に明日と言ってくるかと思っていた。私の心の準備をさせてくれるのだと、少し嬉しかった。まあ明後日でも十分に心の準備はできないだろうけど。1週間後だとしても結局心の準備はできないからいいけど。

 「はい、大丈夫です。」と私が答えると、「絶対に当てたりしないから、安心して過ごしてください!」と勢いよく言ってきた。あれか、今日は6月10日だから出席番号が6とか10の人が当てられるやつか。確かに当てられないことはめちゃめちゃありがたいけど、教師がそんな贔屓していいのか。まあ注目されることないなら安心か。「明後日授業でどこやるかとか、明日の授業が分かったら教えますね。」と自信ありげに言ってきた。そんなに配慮してくれるんかい、とツッコミしたくなる気持ちを抑えて「ありがとうございます」とお礼を言う。

 先生は嵐のように去って行った。給食を取りに行く時でさえ緊張するけど、大丈夫なのか。つばきでいつもしているようなことを、教室でもすればいいだけだ。なんなら座っていればそれだけでいい。そうやって自分に教室で授業を受けるということのハードルを下げるようなことを考える。


 ついに今日は教室で授業を受ける日だ。昨日というか日付が変わって今日は全く眠れなかった。いつも異常に明日が来てほしくなかった。あんなに変わらない毎日が嫌だと思ってたのに、変わるのもこんなに嫌なんて。寝なくちゃいけないと思うほど寝れなくなるから、寝なくてもいいやという精神でいることが大事。気を紛らわすために動画配信サイトで『笑うための動画』という私が作った再生リストの動画を見る。これは私が見てきた動画で、すごく笑えたものをまとめている。何か悲しいことがあった時は、必ずこれを見る。3時くらいまでの記憶はある。いつの間にか寝ていたから良かったけど。


 久しぶりに母に起こされてしまった。起きてから準備することがすごく嫌だった。制服を着ること、学校に行く電車に乗ること、駅から学校までの道。いつもやりなれていることも、なんだか今日は違うように感じた。ひとつひとつの動作が勇気のいる行動だった。これをしてしまったら学校に行かなきゃいけない、学校に近づいてしまうという恐怖心と闘っていた。


 本を読んで気を紛らわすことすら今日はできなかった。3時間目までずっと緊張感が続いて、勉強も頭に入ってこなかった。唯一、数学の方程式を永遠に解き続けるという行動が安心できた。自分でもなかなかに変な気の落ち着かせ方だと思う。


 2時間目と3時間目の間の休み時間に担任の先生が、つばきに来た。先生の手には教科書や、授業で使う資料があった。つばきに居た先生に「矢島さんは3時間目教室で授業を受けるので、お願いします」と嬉しそうに言っていた。つばきに居た先生は「よかったですね」と横山先生に笑いかけ、私には期待の眼差しを向けた。私が教室に行くようになったら、他のつばきの生徒も教室に行くようになるかもしれないと思っているのだろう。そんな期待に応えれる気は全くしない。

 「じゃあ矢島さん、行きましょうか。」と言われ、私は準備していた数学の教科書やノート、ペンケースなどを手に持つ。それに加えて、大切な小説も持っていくことにした。「じゃあ、いってきます。」とつばきの先生に小さな声で言って、横山先生と一緒につばきを出た。

 教室まで遠いから先生と歩く時間も長い。話すことなくて気まずすぎる。横山先生を見るとさっきまであった嬉しそうな顔じゃなく、不安という顔をしていた。不安なのはこっちだわ。そんなビクビクしていてこの人の授業は大丈夫なのか、学級崩壊してないのかと心配になる。私と横山先生は、不安という顔をしているだろう。その姿を見た周りの生徒は何事かと2度見していた。

 横山先生は昨日も言っていたのに今日の授業の範囲を教えてくれた。何か変更があったのかと思ったら、昨日教えてくれたままだった。この人もすごく緊張しているんだと思うと、少し緊張がほぐれた。「そうだ!矢島さんの席は窓際の1番後ろなので、そこに座ってくださいね。」
と忘れていたという表情で言ってきた。「分かりました。ありがとうございます。」と返事をしたが、内心最悪だと思っていた。多分1番後ろの席なのは、プリントを回したり、回収する時に前後の生徒が面倒くさくならないようにするため。後ろの席なのは別にいいけど、窓際が嫌だ。窓際の1番後ろという席は、1番良い席だろう。

 みんな喜ぶし、羨まれる席。でも私にとっては最悪。その理由は教室に入ってから席までの距離が遠いということだ。クラスメイトの間を通り抜けて、座席まで行かないといけない。楽しそうに話している人達の横を通るなんて、不安でしかない。教室から出るときも同じだ。ますます教室に行くのが嫌になった。

 いつの間にかクラスのある廊下を通っていた。廊下ではしゃいでいる生徒たちも、横山先生と一緒に並んで歩いている私に視線を向ける。そして視線を戻し、先ほどとは違う小さな声で何か言っている。私のことを言っていることは間違いない。ジロジロと見られてとても気分が悪い。教室に着いてしまった。「じゃあ、準備があるから」と先生は急いで言う。休み時間まるまる使って準備するものなのか。そんなふうに思いながらうわの空で先生に返事した。先生は前のドアから入り、私は後ろのドアに手をかけた。

 バクバクしている胸そんな視線に耐えながら、ドアを開けて教室に入る。廊下にまで聞こえていたうるさい声が、静まった。私に視線が向いているのだろう。クラスメイトと目を合わせないようにして、ドアを閉める。その静かさも一瞬で、私がドアを閉めた頃には廊下でも感じたコソコソと話しながら私を見ている。何も気にしていないふりをして、自分の席まで行って座った。するとコソコソとした話し声から、私が入ってくるまでのうるささに戻っていた。

 私は胸を撫で下ろして、机の中に両手を入れて溜まっていたプリントを取り出した。内容を見ずに、とりあえず全部クリアファイルへ入れた。そして教科書やノートと一緒に持ってきていた小説を読み始めた。そうしたのはいいものの、緊張で内容が全く入ってこない。ひと通り目で字を追い、内容が入ってなくてもページをパラパラとめくっていた。

 たった1時間我慢すればいいと自分に言い聞かせる。授業が始まってしまえば、人の視線なんて気にならなくなる。今日は帰りにケーキでも買って帰って、自分にご褒美しよう。そんなふうに頭の中で色々なことを考えていると、「あ、教室来たんだ。」といつの間にか隣の席にいた男の子に話しかけられた。この男の子が私に向ける眼差しは、クラスメイトの冷たい視線とは違った。私を不思議そうに見ているが、優しく微笑んでいた。「ただ先生に頼まれて、仕方なく来ただけだから。」と素っ気なく返事をして、小説へ視線を戻す。こんな素っ気ない態度を取りたいわけじゃないけど、なんだか強がってしまった。

 それは同じ中学から進学してきた数少ない生徒だからな気がする。何なら吉野(いつき)は小学校の頃からの同級生。そんなに関わりが無かったから、なぜ話しかけてくるのか不思議。私は中学の頃から不登校で、そのことを何か聞いてくるのではと思ってしまう。そして何か噂が広がるのではないかと、どうしても疑ってしまう。話しかけられにくくするには、目つきや愛想を悪くすることだと思って素っ気なくする。何を考えているのか分からなくて怖い。だから話しかけられにくくして、話さないのがいい。

 そんな私の態度に彼は少し噴き出した。「ごめんごめん。あまりにも迷惑そうな顔してるから。」と笑顔で言う。こっちは話しかけられないようにそういう態度を取っているのに、察しが悪い人と思った。気まずい上に、話しかけられたくないから小説へと視線を移す。しかし隣からの視線が私へと痛いほど突き刺さってきて、更に集中できない。それでも私は小説の読むふりを続けた。

 「俺ずっと矢島さんに興味持ってたんだよね。」なんてことを吉野は、さっきと同じような優しい微笑みで言ってきた。ほとんど接点は無いし、私に関しては吉野に対して知っているのは名前だけだった。知らない人も同然だし、人見知りスキルを発揮してしまう。そんな時に、運良く授業開始を知らせるチャイムが鳴った。すると吉野樹は私の方を見るのを辞めて、話しかけるのを諦めた。私はホッとして授業を受け始めた。


 授業は休み時間に比べると窮屈じゃなかった。クラスメイトは各々違う授業の課題をしたり、寝たりなどしていた。でもチラチラと私を見てくる視線は時々あった。視線に耐えつつ、私は授業を受けていた。そんな中、隣から僅かに機械音が聞こえた。明らかに筆記用具から出る音じゃない。私は気になって、隣の吉野へと視線を向けた。彼は目線を下に向けて、机と体の間に何か持っていた。彼の手の中には、最新型のゲーム機より1世代前の携帯式ゲーム機だった。私の兄の世代で流行っていたものだったから、私はすぐに分かった。ロード中に機械音が鳴るのもよく分かっていた。機械音はその音だった。

 どんなゲームをしているのか気になって、私は少し覗き込んだ。ゲーム画面には、かわいい女の子のキャラクターの下に文字が表示されていた。いわゆるギャルゲームという、恋愛シュミレーションゲームだった。吉野は集中してそのゲームをやっていた。そんな姿を見て、さっき吉野樹へ抱いていた恐怖感はどこかへ飛んでいった。ただただ面白いという感情だけだった。

 そんな視線に吉野は気づいて、机の上に広げているだけのノートに何か文字を書き始めた。高校では、隣の人と机をくっつけていないから、少し距離があって何を書いているか分からない。文字を書き終わると、私がいる左の方に寄せ、読みやすくしてくれた。そこには「選択肢選ぶ?」と男子高校生らしい汚い字で書かれていた。私が答える間もなく、ゲーム機を左手で私の方に差し出してきた。ゲーム機は校則では持ってたらダメなのに、堂々と出している。先生が黒板の方を向いているから気づいていないものも、振り返られたら絶対に分かるくらいだった。これでバレたらなんか申し訳ないから、吉野からゲーム機を受け取った。

 ゲーム機を急いで膝の上に置いて、先生から見えないようにする。そんなことをしていると、先生は黒板から向きを変えて、生徒の方を見ていた。あとちょっとでバレるとこだったと思って、私は分かりやすく胸を撫で下ろした。吉野はそんな私の姿を見て、声を我慢して笑っていた。肩を震わしていて、そんな姿を見てつられて私も笑ってしまった。吉野は私の方を少し驚いた顔をして、私の持っているゲーム機を指差していた。選択肢を選べということだと理解して、画面を見た。そこには3つの選択肢があって、どれにするか悩んだ。

 私がこのキャラクターについて分かることは、黒髪ロングでストレートということ。ヒントが少ない中で、必死に選択肢を見つめた。私はよくアニメを見ているから、なんとなくでこの子のキャラを予想し始めた。少し気の強そうな女の子だから、ツンデレかなと思ってその子を褒めるような選択肢を選んだ。そして先生が黒板を向いているうちに、吉野にゲーム機を返した。吉野はゲームを読み進めて、ルーズリーフを取り出して文字を書いていた。

 そのルーズリーフを2回ほど折って、小さくして私の机に置いてきた。ルーズリーフを開けると、「選択肢1番いいやつだった、ありがとう」という文字が書かれていた。私はそんな文字を見て、吉野の方を向いた。吉野を見れば見るほど、ギャルゲームをしているのはなんだか意外だった。焦茶の瞳と髪の毛で、可愛らしい顔をしていたからだった。偏見というのは分かっているけど、そういうゲームをするようには見えなかった。なんというか吉野は不思議だ。

 私はルーズリーフに「授業中になんでギャルゲームやってるの?」と書いて、折り目通りにたたんだ。少し渡すか迷って、吉野の机の上に腕を伸ばして置いた。吉野はそれに気づいて、ゲーム機を鞄へ片付けた。ルーズリーフを開いて、返事を書いている様子だ。私はそれが気になるけど、黒板を見るとさっき私がノートに書いた場所からかなり進んでいた。ちゃんと写しておかないといけないと焦り、急いでノートに写した。やっと先生が書いた箇所まで追いついて、ゆっくりできると思った時に、また机にルーズリーフが置かれた。

 何が書かれているのかワクワクしながら開いた。そこには「ギャルゲームってしっかり分かってるんだ、矢島さんてアニメ好きでしょ。あと授業中にやった方が集中できるから。」と書かれていた。アニメ好きってバレてて少し驚いた。普通の人はギャルゲーム知らないのか。私はアニメが結構好きで色々と見ている。私がしているリズムゲームは有名だし、吉野も知っているかもしれない。それよりも、後の文章の方が気になる。授業中にやってて集中するってどういうことだろ。やっぱり不思議というか面白いというか、変な人。

 吉野に私がやっているゲーム名を書いて知っているかと尋ねたところ、知ってる上にしっかり遊んでると返事が返ってきた。そこから私たちはそのゲームの話で盛り上がり、ルーズリーフをお互いの机に何往復もさせた。好きなキャラクターは誰かとか、どこが好きなのかとか、アニメで何話が特に良かったかなどだ。私はこのやり取りをしているうちに、いつの間にか緊張はどこかへいった。休み時間や授業始まってすぐは、心臓が飛び出すくらい緊張してたのに。

 私はルーズリーフを吉野の机へと置くと、黒板を書き写して吉野からルーズリーフが返ってくるのを待っていた。授業が終わる15分前だから、私は吉野に聞きたかったことをきいてみた。「なんで私に興味があるなんて言ったの?」と。勇気を出して吉野の机に置く。どんな返事が返ってくるのか気になって仕方なかった。先生の説明している声は、私の頭には留まらずにすり抜けていく。吉野の方を怖くて見れない。そんなうちにルーズリーフが机に置かれた。

 私はそのルーズリーフを開けるのが怖くて、でもなんて返事が書かれているか気になる。私たちはルーズリーフで話しすぎて、両面に文字を書いていた。だから開けなくてもさっきまで話していたことが書いていて、そこには楽しい気持ちしかない。そんな気持ちに後押しされて、ゆっくり開けていった。そこには「知らなかったと思うけど、中2から中3までずっと隣の席だったから。ずっと来ないから気になってた。」と書かれていた。私は思わず目を見開いて、吉野の方を見た。すると吉野は、私の方を見ながら笑っていた。そしてゆっくり口を動かして、「驚いた?」と言ってきた。驚かないわけがないでしょ、と私も口パクで言い返した。

 私は机の上に肘をついて、顔を伏せるようにして考え始めた。そもそも中2から中3でクラス一緒だったこと自体知らなかった。給食取りに行ってたし、修学旅行だって参加した。それでも私は吉野を見かけた記憶も無かった。怖がってクラスメイトの顔を全然見てなかっただけかなんて、中学の頃を思い出していた。ずっと隣の席の人がいないとそれは気になるなけど、そんなに興味持つかな。そしてもう一つの疑問を問いかけた。「たしかに苗字的に隣になる可能性あるけど、それは最初だけじゃない?」と書いて、ニヤニヤしている吉野の方に投げるように渡した。

 クラス替えの最初の座席は、だいたい出席番号順になる。「矢島」と「吉野」だと隣になる可能性は高い。でも私の中1の記憶では、そこからは普通に席替えしたはず。席替えが無かったわけは絶対にない。だったらなんで2年間ずっと隣の席だったのか。そしてそれは高校に入ってからの今でも同じことを言えるけど。少なくとも1回は席替えしてるはず。

 吉野からのルーズリーフを受け取って見ると
「隣の席に人がいない方がゲームしやすい。だから先生に俺の席がどこでも隣は、矢島にしてほしいって頼んでた。」なんとも吉野らしい理由が書かれてた。そんな理由でも私はなぜか嬉しかった。人の役に立ててたこと、教室に来ない私を気にかけてくれていたこと。そんなふうに思ってもらえているなんて考えたこともなかった。改めて吉野は変な人だなって思った。

 隣の席から手が伸びてきて、私の机に置いてあったルーズリーフが取られた。そして何か真剣に書いている様子だった。そのルーズリーフが再び私の机に置かれて、開いてみると今までで1番綺麗な字で謝罪が書かれていた。
「俺の荷物を矢島の席に置いて、荷物置きみたいに使ってる時が結構あった。ごめんなさい。」と。こんなことで怒るわけないのに。しかも言わなかったら私は気づかなかったのに。吉野は変な人で優しい人だ。

 「全然気にしてないから、いいよ。多分だけど私の机にプリント綺麗に入れてくれてるの吉野なんでしょ、ありがとう。」と書いて渡した。前の席の人がプリントを私の机に置くだけ置いて、中には吉野が入れてくれてるんだろう。前の席の人が後ろの席に置くのは無理だし、面倒でわざわざ席を立ってやったりする人はいない。でも吉野は馬鹿みたいに優しいからやってくれてるんだろうなって思った。

 「なんで分かってんの、超能力者?」って書かれたルーズリーフが戻ってきて私は勢いよく「そんなことあるわけないじゃん。」と書いて返した。もうすぐ授業が終わってしまうから、私たちはだんだん字が雑になっていった。吉野とのやり取りは楽しくて、時間がすぐ過ぎた。ほんとに授業が終わりそうになった時、吉野からのルーズリーフにはメッセージアプリの番号が書かれていた。それといっしょに「もっと話したいから登録しといて。」とちょっと小さめな字で書かれていた。私ももっと話したいと思っていたからとても嬉しかった。

 授業が終わるチャイムが鳴って、日直の号令で終わりの挨拶をした。私はノートや教科書を閉じて、それらとルーズリーフを持って吉野に「ありがとう
。」と声をかけた。そして逃げるように教室から出た。休み時間はなるべく教室にいたくないから、逃げてしまった。ゆっくりと歩いてつばきへと戻る。思ってたよりも1時間は早かったし、楽しかった。まあ吉野のおかげなんだけど、行って良かったとは思う。

 なんか授業を受けてから廊下を歩くとかなり気分が違う。私は授業を受けてきたし、別に視線なんて気にする必要ない。そう思うとすごい軽い足取りでつばきまで戻れた。つばきに戻ると、担当の先生に「おかえり。授業どうだった?」と尋ねられた。「大丈夫でした。」と私は疲れた様子で答える。あまりに楽しそうな顔で答えると、また教室へ強制的に行かされてしまう。ちょっと微妙そうな反応をしていたら察してくれるはず。「そっか。お疲れ様。」と言うだけで、これ以上先生は何も聞いてこなかった。作戦通り、次教室に行くことも勧めにくくなった。教室に行かなくて済むと安心するはずなのに、ちょっと寂しい気持ちもする。


 4時間目が始まると、私は睡魔に襲われた。昨日あんまり眠れなかったのと、緊張しすぎて疲れたからかな。一応英語の教科書を開いて、ワークを解いてるけど、うとうとしてしまい目を閉じては開けるの繰り返しだ。何回かこれを繰り返していると、つばきの扉が開いて校長先生が入ってきた。校長先生は私が眠そうな様子を見て、にこやかな笑顔で私に言った。
「矢島さん教室行ってきたんだってね。また行きたくなったら教室で授業受けるといいよ。今の時間はゆっくり過ごしなさい。」
なんて神様みたいな言葉をかけてくれた。無理やり行かせようなことを言われると、さらに行きたくなくなるものだから。校長先生はそのことをよく分かっているというか、私たちの気持ちを最優先にしてくれてる。「はい、ありがとうございます。」と私は眠そうな顔をしながら答えてしまったと思う。でも眠すぎて頭が働かない、腕を枕にして机に顔を伏せた。


 お昼のチャイムによって私は起こされた。校長先生がつばきの先生に起こさないように頼んでくれたのか、注意されることはなかった。校長先生には感謝してもしきれない。つばきの先生が各クラスに「生徒が来ているから給食を用意してほしい。」と電話する。その電話から10分ほど経ってから私たちはつばきを出る。そして各々クラスへ給食を取りに行く。私はいつもよりも行きにくさがあった。教室から出てつばきへ帰るまでは気持ちが軽かったけど、また教室に行くとなると話は別。3時間目はクラスで授業を受けたくせに、4時間目は受けていない。給食だけ取りにくる奴。なんてクラスメイトに思われていそうだから。まあ事実だからそう思われても仕方ないというか、しょうがないんだけど。憂鬱だなと思いながら教室まで向かった。

 教室前の廊下に吉野の姿があった。私を一瞬見て、吉野は教室へと入っていった。疑問を持ちながら、教室前の廊下で宮崎さんを待つ。すると吉野が給食を持って私の前まで給食を持ってきた。「はい、嫌いな物はない?あったら減らしてきてやるよ。」と私に尋ねた。「いや、今日は特にないけど。ありがとう。」と疑問を持ちながら答えた。宮崎さんはどうしたのって聞きたかったけど、別に宮崎さんとは友達ってわけじゃない。聞くまでもないか。「ありがとね、もし嫌いな物あったらその時はお願い。」と笑いながら吉野に向けて言った。「任せとけ!」なんて自信たっぷりの表情と声で返事が返ってきた。

 つばきに給食を運びながら、吉野ならさっきのお願いを叶えてくれるんだろうなと思うと自然と笑みが溢れていた。1人で笑顔の私を見て、すれ違う生徒が私に対して冷ややかな視線を送ってきていた。いつもなら私は最悪と思うけど、なんか更に面白くなってしまった。

 
 給食を食べて、午後からは真面目に勉強した。午前中の緊張や疲れが取れて、集中して取り組めた。6時間目になると横山先生が私に会いに来た。私と目が合うと「また教室来ますか?」と今にも消えそうな声で言った。ほんとにこの先生は上から圧力でもかけられてるのだろうか。なんというか学級崩壊してないのがすごい。授業も思ったより静かだったし、まあ寝てたり違うことしている人が多かっただけなんだけど。こんなに死にそうな顔できかれたら行かないなんて答えることはできない。けど行きますとも答えることもできない。だから私は「また行きたくなったら行きますね。」という曖昧な返事をした。遊びの約束だったら絶対行かないやつだけど。でもこの言葉は本心だ。全く行く気がないわけじゃないし、すごく行きたいわけでもない。ほんとに気分次第。でも先生はこの言葉にすごく喜んで「もっと面白い授業頑張りますね。」と意気込んで言った。先生の頑張り次第で行くわけじゃないんだけど、頑張ってください。ルンルンで先生はつばきから出て行った。ほんとに圧力かけられてそう。

 駅から家までの道を歩きながら、今日のことを思い出していた。楽しかったなんて思うとは昨日や朝の私には想像していなかった。今日の日記はいつもと全然違うことが書ける。なんだかそれが嬉しくて、今日は帰ってすぐに日記を書いた。この日から私の日記には、毎日のように吉野の名前が書かれている。
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