どうしても君に伝えたいことがある
第3章 公園
 私は学校へ行くのが楽しみになっていた。吉野と会ってから1週間、私の学校や家での生活が変化した。あれからまだ1度も教室で授業は受けてないけど、毎日吉野と会っている。授業を受けた日から、吉野が給食を渡してくれるようになった。宮崎さんは面倒くさい役目から解放されて嬉しいと思う。せっかくのお昼休みに友達と話しているのに、私の給食を作って持っていかないといけないせいで、何度か友達との話を中断させてしまった。宮崎さんの悲しそうなのに、無理に笑って私に給食を持ってくる表情は脳裏に焼き付いている。

 吉野は給食を渡してくれるどころか、わざわざつばきの教室の近くまで持って行ってくれる。だから私は早めに教室に行って、吉野が給食を持って出てくるのを待つ。「はい、今日も大丈夫そう?」と吉野は給食を私に見せながら言う。「いける。」と返事した。今まで苦手な物を宮崎さんに減らして欲しいと頼めなくて、無理して食べていた。しかも私は好き嫌いが多い。吉野には言いやすいからありがたい。そして言いやすいように吉野が毎回聞いてくれる。


 そのまま少し廊下で話して、つばきに給食を持って行ってくれながら話をする。廊下で話す時はやっぱり視線が気になるけど。クラスメイトは自分達の給食を作ることで手一杯だから、あまり廊下を見ない。まあ吉野は給食作るのをサボっている風にクラスメイトからしたら見られてそうなんだけど。吉野がイジられキャラだから大丈夫だと思う。男子との絡みを見ててそうなんだなって感じがする。クラスメイトからも、吉野は不思議な人認定されているからイジられているのか。授業中にゲームしているのは私以外でも気づいている人は多いだろうし。女子は吉野の方をチラチラ見ている視線はあるが、話しかけにくいのか遠くで見ているだけ。何考えてるか分からないからかな。でも顔はいいから。

 「じゃあ行くか」と吉野に声をかけられ、私は教室の中を覗いていたのを辞めた。つばきまで行くまでには、他愛もない話をする。基本的には今回のアニメはあれが面白いだとか、体育の授業が憂鬱など。移動教室中や体育はゲームが出来ないから憂鬱らしい。ゲームが世界の中心すぎる。授業も全然聞いてないし、ノートも取ってない。テストは毎回のように赤点らしい。教室に行っていない私よりも勉強できなさそう。成績は大丈夫なのかと思わず心配してしまう。

 「もう中間テスト近いでしょ、そろそろ授業ちゃんと聞いときなよ。」と、お節介なことを言ってしまった。それに吉野は
「勉強してもできないからなー、だから田西に来てるんだよ。だって俺、皆勤賞で休んだことないのに成績悪すぎる。」
と苦笑いで言った。「授業中にゲームにやってるのが原因だからね。」と私は笑いながら言う。実際それが原因でしかない。
「仕方ない、ゲームはやりたい。クラスのやつにノートのコピー貰っとこうか?」と声をかけてくれる。私がクラスに頼める人がいないのを分かってのことだろう。自分で勉強するだけでは限界がある、優しい先生はここら辺が出やすいとか教えてくれるけど。つばきに来ない先生は少なからずいるし、教室に来ている生徒よりも私は知っている情報が少ない。進学希望の私にとってそれは不利だし、ちょっとでもテストの点を良くしないといけない。

「申し訳ないけど、コピーお願いしたいです。吉野のノートはいらないけど。」と真面目に言う。
「あんな真っ白なノート誰もいらないって。俺すらもいらないもん。」と笑いながら言う。そして「俺もノートのコピー貰いたいし、ついでだから貰っとく。」と私に気をつかわせないように言ってくれる。冗談を言い合いながらつばきの教室まで来た。教室の前に着くとやっと給食を渡してくれる。「矢島は味噌汁とか零しそうで、危ない。」と言って渡してくれない。私を幼稚園児かなんかだと思ってるのか。給食を受け取り、「ありがとう、じゃあまたね。」と私は言ってつばきに入る。私が教室に入る姿を見届けて、吉野は教室へ戻っていく。


 学校が終わって家に帰ってから私は父がいない間にご飯を食べて、自分の部屋に行く。そして毎日のように吉野とメッセージのやり取りをしていた。学校では給食を運ぶ時間しか話せないから、メッセージで話している。メッセージアプリの通話も何度かしているけど、父が2階にある寝室に帰ってくると出来なくなる。私と父の寝室は隣の部屋で、話し声が聞こえてしまう。話し声がうるさいと何度か怒鳴られてしまったので、父が寝室に来たら声は出せない。兄の部屋も私の部屋と隣だから、兄がいた時は更に肩身が狭かった。


 メッセージしてから、吉野と一緒にゲームをする。フレンドになっているため、招待を送り合って1時間くらいゲームする。全くしない日もあるし、何時間もした日もある。それでも毎日のようにゲームして楽しんでいた。


 次の日が来るのが少し怖くなくなった。明日はどんな話をするのかと楽しみになった。学校に行くのが出席日数の為じゃなくて、誰かと会うのが楽しみで行くようになるなんて。漫画やドラマに出てくる高校生みたいで、なんか憧れが叶った。こういうことがしたいっていう気持ちが少なからず私の中にはあった。でも友達なんかいらない、1人でやっていけるって自分に言い聞かせてた。そんな強がりなんて意味なかったんだなって思う。


 日記の内容も以前よりも明るくなった。前は今日も教室に行けなかったとか、父との関係についてのことばっかりだった。でも今は給食を取りに行くことにもそんなに緊張しなくなったし、ちょっとずつ慣れていっている。そういう前向きなことが少しずつ書けるようになった。

 
 そんな日々を送って、中間テストの試験期間に入った。吉野からノートのコピーを貰うために、近くの公園で待ち合わせをした。吉野と私の家は同じ小学校の中でもかなり近い。吉野の家は横沢駅のすぐ近くだ。だから歩いて15分くらい、自転車だと5分くらいで行ける。まあ私は自転車を持ってないんだけど。待ち合わせの横沢公園は、私の家から徒歩3分くらいの場所にある。私から近い方がいいようにとしてくれた。

 私はスマートフォンとトートバッグだけを手に持って、家を出た。そして待ち合わせの横沢公園に向かった。公園のベンチに座って吉野が来るのを待つ。吉野に「着いたよ。」とだけメッセージを送った。そして数分経つと吉野が自転車で公園に来た。その姿を見て私は吉野の方へ行き、声をかけた。
「あれ、制服のままなんだ。もしかして集合時間早すぎた?ごめん。」吉野はいつもと同じ制服の姿だったから、集合時間を早くしすぎたかと。でもあまり遅くすると父が帰ってきてしまうのに出会してしまうかもしれないから、それが嫌でちょっと早めにしてしまった。
「いや、帰ってそのままゲームしてたら着替える時間なかっただけ。」吉野は優しすぎてこれが嘘なのか本当なのかよく分からない。

 ベンチに移動して、プリントのコピーを貰う。「ん、これ。宮崎さんのノート。1番ちゃんとしてそうじゃん。」とクリアファイルごと渡された。そこには、今度の中間テストで試験がある5教科のノートのコピーが入っていた。しかも全部カラーコピーで、右下の方に数字が書いてあって順番が分かるようになっている。「カラーコピーでわざわざしてくれてありがとう。お金かかったんじゃない?」と心配そうに尋ねると
「いや、職員室でコピーさせて貰ったから。横山が快く引き受けてくれた。俺もカラーの貰ったし、ラッキー。」
と何事もなさそうな顔で言った。「いいように横山使うな。かわいそう。」と笑いながら、全くかわいそうと思ってないけど言った。「横山は頼られると喜ぶからさ、ちょうどいい。」と横山先生のことを知り尽くしているかのように言う。確かにと私は納得してしまった。

 でも番号を書いてくれたのは吉野だろうなと思う。この汚い字は絶対に宮崎さんじゃないし、横山先生は字が綺麗だから。これも言うと自分のついでだからと吉野は当たり前のように言いそう。だから何も言わないで心の中で感謝しておく。吉野はテスト前だというのにいつもと変わらず能天気だ。もう諦めているから故の余裕なんだろう。私は全然余裕ないな。私の成績をつけるにはテストの点の割合が大きいから、ちゃんといい点取らないといけない。

 「今日からテスト期間が終わるまではしばらく一緒にゲームできないや。ログインボーナスだけは貰っておくけど。」
と作り笑いで言う。私は器用な方じゃないので、人よりも何倍も勉強しなきゃ頭に入ってこない。ゲームしている余裕はない。吉野は私とは全く違って、楽しそうに言った。
「真面目だな、俺なんかいつもよりもゲームできるから嬉しい。買いだめしてたゲームやりつくす。」
それを聞いて吉野らしいなと思って笑ってしまった。

 「晩ごはんの時間だからそろそろ帰る。」と私は嘘をついた。父がそろそろ帰ってくる時間だから、それまでには帰っておかないと。
「矢島が勉強してる間にゲーム上手くなってやるから、楽しみにしておいて。」とニッと笑う。「楽しみにしておく、じゃあ明日ね。」と言って私達はお互い家に帰った。


 家に着いて「ただいまー。」と気分良く玄関を開けると、父の靴があった。父はもう帰ってきているみたいだ、最悪すぎる。静かに玄関開けて入ればよかったと後悔した。なるべく音を立てないように2階に行こうとした時、リビングのドアが開いて父と顔を合わせてしまった。
「もう中間テストが近いんだよな。遊びに行かずに勉強しろ。テストでいい点取らないとお前の将来はどうなるんだ。教室にも行かず、どう大学に行けると思ってるんだ。」
と大きな声で言われた。私がまだ帰ってないのを知って、言うことを考えていたのだろう。私はそんな父を無視して、階段を駆け上がって部屋に入って鍵を閉めた。
 
 ベッドに勢いよく倒れ込む。父と顔を合わせるとこうなるから嫌なんだ。父の言うことは正論だと分かっている。分かっているけど、もっと言い方を考えてほしい。教室に行ってない、そんな私を父は嫌っている。父は学歴が大好きで、学校に行かないなんてあり得ないという考え方の人だ。古臭いというか、なんというか。

 1階から聞こえる父とお母さんの言い争っている声を聞きたくなくて、スマホにイヤホンを挿して耳につける。そして大音量で音楽をかける。明るい曲をかけるけど、気づいたら涙が溢れ出していた。父に私の気持ちを理解してもらえないのはもう何年もだから、仕方ないと思っているはずなのに。私を庇うせいでお母さんが怒鳴られて、八つ当たりされる。申し訳ないけど、父と話したくないから下には行けない。気持ちが落ち着くまで泣こう。


 泣き疲れていつの間にか寝てしまっていた。気分が落ち込んでいて、とてもじゃないけど学校に行く気分にならなかった。それにお風呂も入らずに寝てしまっていたから、遅刻するのは確定だし。時計を見ると、いつも起きる時間よりも少し遅かった。動きたくなくてベッドの上でごろごろしようと思った時、部屋のドアがコンコンとノックされた。お母さんが「渚、入るよー。」と優しい声で言ってドアを開けた。

 私はベッドの上で布団にくるまって、ドアに背を向けた。お母さんはベッドに座って、私に話しかけた。「おはよう、もう起きる時間よりも過ぎてるよ。起きないの?」と。「今日は学校休む。」と寝起きのガサガサな声で私は答えた。

「そっか、じゃあ学校には連絡しておくね。ほら、お母さんに顔見せて。」なんて言って私の布団を引き剥がそうとする。私は持っている力を全部使って、布団を剥がされないようにした。でもお母さんの力に負けて、布団は呆気なくも取られてしまった。丸腰になった私にお母さんは、「こちゃこちょ攻撃ー」と無邪気に言いながら、くすぐってきた。くすぐったくて私は思わず笑ってしまった。そして抵抗するのを辞めて、お母さんに顔を見せた。私の顔は酷いものだろう、泣き過ぎて目は腫れているだろうし。

 お母さんの顔を見ると、同じように目が腫れていた。お母さんも父に何か言われ、泣いたんだと分かった。そんなお母さんを見て、罪悪感に襲われた。体を起こし、私はベッドに座り込む。そんな私を見てお母さんは、ぎゅっと私のことを抱きしめながら言った。「ごめんね、嫌な思いさせちゃって。」
お母さんが謝ることじゃないのに、私のせいなのに。それなのに私はお母さんの言葉と、優しい体温でまた泣いてしまった。昨日あれだけ泣いたのに、まだ涙が出るのかと少し驚いた。

 私はお母さんの胸で気がするまで泣いた。その間お母さんは私を抱きしめる力を弱めず、右手で私の背中をトントンと優しく叩いてくれた。まるで小さい子を宥めるみたいな行動だ。そのトントンという一定のリズムが心地よくて、私はだいぶ落ち着いてきた。私が落ち着いた様子に気づいてお母さんは
「今日の朝ごはんはホットケーキにしよっか。一緒に作ろうよ。準備しておくから、顔洗ってリビングにおいで。」
と私の背中に回していた腕の力を緩めて言った。「うん。」と私が答えるとお母さんは、私の部屋を出て行った。

 私は勢いよく立たないように気をつけながら、ゆっくりと立った。そして1階に降りて、洗面所で顔を洗う。スキンケアを整えて、リビングに向かうとお母さんがホットケーキを焼く準備をしていた。「材料はボウルに入れたから、これ混ぜて。」とボウルを渡された。「はーい。」と気だるそうに返事をして、ボウルに入った材料をかき混ぜる。ホットケーキはダマが残るくらいがいいって知ってるから、あんまり混ぜ過ぎないようにする。

 フライパンを熱してバターをひいているお母さんに「混ぜれたよー。」と声をかけた。
「今日は2枚にしよっか。お母さんは洗濯機回してくるから、お母さんの分も焼いといて。」と言って、脱衣所へ向かって行った。私は熱されたフライパンに、高い位置からホットケーキの生地をおたまで入れた。蓋を被せてコンロを弱火にして、タイマーをかける。


 お菓子作りしている時間がとても好き。そのことにだけ集中できて、しかも美味しい。中学の時は学校休んだ日によくお菓子作りしてたな。今はちゃんと高校に行ってるし、土日は父がいるからキッチンは使えない。今日は何かお菓子作りでもしようかな。甘いもの食べたい気分だし。自分を甘やかそうと思う。


 タイマーが鳴って、蓋を開けると表面にプツプツと穴ができ始めていた。丁度いいタイミングだから、フライ返しでひっくり返す。そしてまた蓋を閉めて、さっきよりも短い時間でタイマーをかける。その間に2枚分の可愛いお皿を用意して、焼けた分をお皿に乗せる。もう1枚も焼いて、お皿に乗せてダイニングテーブルへと運ぶ。そして蜂蜜と、冷蔵庫からいちごジャムを取り出してダイニングに置いた。

 ホットケーキを食べる時喉が乾くから、お母さんの分と自分の分の牛乳をマグカップに注ぐ。運んでいる時に、お母さんがリビングに戻ってきて「いい匂い、渚が焼くホットケーキ分厚くて好きなんだよね。」って子供みたいな笑顔で言った。お母さんは子供みたいに無邪気でいつも可愛い。「ありがとう、ナイフとフォークまだ出してないや。」とお母さんに伝えて持ってきてもらう。

 お母さんが私の隣に座って、2人で手を合わせて『いただきます。』と声を合わせて言う。私はホットケーキを最初に全部切り分けてから、半分には蜂蜜、もう半分にいちごジャムを乗せて食べる。お母さんは蜂蜜だけかけて、切り分けながら食べる。そして「美味しい、やっぱりお母さんが焼くのと渚じゃ全然違うよね。」と笑顔で褒めてくれた。なんだか恥ずかしくて「そんなことないよ。」と素っ気なく返事してしまう。

 「お母さんはね、渚が作るホットケーキ大好きだよ。渚は得意なことや出来ることをちょっとずつやっていったんでいいんだよ。お父さんに何言われても自分のペースでやっていけばいいから。」
とテレビを見ながらさりげなく言う。その優しい言葉と、ホットケーキの暖かさに私は包まれた。お母さんは私の味方でいてくれる、私のことを分かってくれている。「うん、お母さんありがとう。」と言って、またホットケーキをひと口食べた。

 
 ホットケーキを食べ終わると、お母さんは洗濯物を干して、私はお皿洗いをした。午前中はお母さんと家事をして、お昼から作るお菓子作りの材料をスーパーに買いに行った。学校を休んでいるのに外出するなんてと思われるかもしれないけど、もう慣れっこだ。スーパーに行くと、私はじろじろと見られる。なんで学生が平日のこの時間にスーパーにいるのかと。そんな視線はお母さんにも向けられる。子供を学校に行かせないで親は何やっているのか、というような軽蔑の眼差しで。でもお母さんは何も気にせず、ワクワクとした表情で「今日は何作るの?」と尋ねてきた。
「んー、何にしよっかな。アップルパイ食べたいから、アップルパイ作ろっかな!お母さんも手伝ってくれる?」
と甘えたように言うと、
「えー、自分で作りなよ。」と笑いながら返される。お母さんのこの返事は、手伝ってくれるということだと私は知ってる。

 「じゃあ私は材料取ってくるね。」と言って、アップルパイの材料を探しに行く。大体の材料はあるだろうから、りんごと冷凍のパイシートだけで足りるはず。りんごを取って、冷凍のパイシートを探しに行った。そこにはお母さんと、私と小学校が同じだった子のお母さんと話していた。私はそのお母さんの視界に入らないよう、棚に隠れた。お母さん達の話し声は大きくて、少し離れている私にも聞こえてきた。

 「息子さんはどうしてるの?」と聞かれ、「ああ、息子は今大学生で県外に行っててね。」とお母さんが答える。そして「渚ちゃんは今どうなの。学校ちゃんと行ってるの?」と尋ねられる。お母さんは一瞬間が開いたものの「田西に頑張って通ってて。そろそろ買い物して帰らなきゃいけないから、また今度。」と言った。確かに田西に通っているのは嘘じゃないけど、教室には行ってない。お母さんも複雑な気持ちで答えたのかな。お母さんにそんな気持ちをさせてしまって申し訳ない。

 お母さん達が解散して少し経ったのを見計らって、私は「お母さん、あったよ!」と元気よく声かける。お母さんは暗かった表情から、一気に明るい表情になり「じゃあ、お会計行こっか。先に車戻ってて、はい鍵。」と私に鍵を渡した。「わかった。」と鍵を受け取って、スーパーを出る。ここのスーパーは近所の人がパートで働いているから、気を利かせてくれた。


 車の鍵を開けて、スマホをいじる。お母さんが帰ってきて、家へと帰る。そしてお昼ご飯にはお母さんが作ってくれたオムライスを食べた。そこから私とお母さんは一緒にアップルパイを作り始めた。久しぶりにお母さんと一緒にお菓子作りをする。すごく楽しくて私もお母さんも笑ってばっかりだった。アップルパイを焼いている間に洗い物を終わらせて、お母さんと何の映画を見るのか決める。

 不登校の頃はよくこうやって過ごしていた。お母さんとお菓子を作ったり、映画見たり。だからその時のことを思い出して、少し罪悪感を覚えた。中学の時みたいに戻ったみたいで、なんか嫌だ。そんなことを忘れて、今日は楽しもうと自分に言い聞かせる。そして少し古い映画を見ることにした。私が生まれるよりも前の映画で、SFファンタジー作品だ。アップルパイが焼けるとお母さんが紅茶を淹れてくれて、映画を見始める。紅茶とアップルパイに、SFファンタジーを見るというなんともちぐはぐさ。映画を見終わる頃には、もう夕方だった。


 お母さんは晩御飯の準備をし始めて、私はお皿洗いをした。お皿洗いが終わってからスマホの画面を見ると、吉野からメッセージと着信の表示があった。「お母さん、外出てくる!」と言って、家を出た。そして公園に向かいながら電話をかけ直した。何回か呼び出し音が鳴った後「あ、もしもし。体調大丈夫?」と吉野の声が聞こえてきた。
「大丈夫、というか今日サボりだからさ。心配かけてごめん。」と少し大きな声で言う。
「なーんだ、心配して損した。今日のプリントとワークの答え横山から預かったんだけど。公園に出てこれる?それとも家まで行った方がいい?家知らないけど。」
通話だからかいつもと声が違うみたいに聞こえる。そんなことを考えながら私は「今公園向かってるから、公園まで貰いに行く。」と答えた。「俺もう公園いるから。待ってる。」と通話が切れた。

 
 待たせたらいけないと思って、少し急いで公園に行く。そしてベンチには吉野がいた。「ごめん、わざわざありがとう。」と言うと、少し吉野は驚いた顔をした。あ、そういえば私目が腫れてるのか。まあ吉野だしいいや。
「そんな待ってないからいいよ。これな、プリント。」とプリントを渡してくれた。私はプリントを受け取って「ありがとう。」と笑顔で言った。
「今日は給食いるっていう連絡なくて、横山に聞いたら体調不良で休みって言うからさ。心配したのにサボりってさ。俺も休めばよかったなー。」
なんて少し拗ねたように言う。「ごめんごめん、行く気分じゃなかったら仕方ないでしょ。」と小さい子に話すように言った。
「あ、お礼にいいもの持ってきてあげるから。機嫌直してよ。ちょっと待ってて、取ってくるから!」


 私は公園から飛び出して、家まで急いで取りに行った。玄関のドアを勢いよく開けて、階段に吉野から貰ったプリントを置いて、リビングに入る。お母さんに「びっくりしたー、ドタバタしないでよ。」と注意される。「ごめん、急いでるから!」と言って、お昼焼いたアップルパイを2つ取って透明な袋に入れる。それをマスキングテープでとめて、それを手に持って「いってきます」と家を出た。少し疲れたから早歩きで公園に行く。

 
 そして吉野の座ってるベンチに行って、座る。「あー、疲れた。久しぶりにあんな動いたかも。」なんて息切れしがら、吉野に話しかける。「家まで遠くないんだろ。運動不足すぎ。」と私の疲れた様子を見ながら笑う。
「せっかく吉野の為に取り入ったのに、それは酷いよ。まあ元々はズル休みした私が悪かったし。はい、アップルパイ作ったからあげる。これで今日ズル休みしたこと許してよね。」
と吉野の前にラッピングしたアップルパイを差し出した。「え、いいの!?やったー。食べていい?」と聞いてきたが、もうラッピングを開けていた。「いやもう開けてるじゃん。どうぞ。」とその喜ぶ姿が嬉しくて、いいよと言ってしまった。反応が怖いから、本当は家に帰って食べてもらおうと思ってたのに。

 吉野はアップルパイを袋から少し出して、ひと口食べた。反応が怖くて私は吉野の顔を直視できなかった。「なにこれ、うますぎ!」と吉野は言ってくれてた。「ほんと!?よかったー。」と安心して吉野の方を見ると、おいしいっていう感情が顔に表れてた。それから吉野は黙々と喋べらずに、アップルパイを食べていた。口いっぱいにアップルパイを頬張っている姿は、ハムスターみたいだと思った。

 吉野は1つ食べ終わると、もう1個も食べようとしていた。そんな吉野に私は
「晩ごはん食べれなくなっちゃったらダメでしょ。あとは晩ごはん食べた後にでも食べなよ。」と笑いながら注意した。そんなに美味しく食べて貰えて良かった。スマホの画面を見ると、父が帰ってくる時間が迫っていた。だから私は「ごめん、もう帰んなきゃいけない。今日はわざわざありがとね。」と言った。
「こっちこそアップルパイありがとう。おいしかった。明日は来いよ。また来なかったら呼び出すから。」と冗談っぽく言う。でも吉野ならほんとに休んだら、呼び出してきそう。「分かってるって。」と答えて私は公園から、急いで家に帰った。明日はズル休みせずにちゃんと行こうと思う。


 玄関を開けるとまだ父の靴はなくて、ホッとする。そしてリビングにいるお母さんに
「まだお腹空いてないから、お父さんが寝室上がったらご飯食べるね。」
と声をかけた。吉野に貰ったプリントを持って、部屋に上がる。プリントを整理して、クリアファイルに入れる。そしてベッドに寝転んで、スマホを見ると吉野からメッセージが来ていた。何だろうと思いながら、アプリを開く。そこには「ごめん、アップルパイもう食べた。」と表示されていた。そのメッセージを見て、さっきの吉野の表情を思い出して、自然と笑顔になった。そんなに美味しかったなら、また何か作ろうかな。
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