寝取られ妻の憂鬱
三話
〇ビルの隙間(路地裏)
一菜「セフレって……何言ってるの」
泉「なんでもするって言ったじゃないですか」
一菜「それはそうだけどそのお願いは聞けない」
・引きつった顔でブンブンとかぶりを振る一菜。対照的に、泉は余裕の笑みを浮かべている。
泉「先生のくせに嘘つきなんですね」
一菜「なっ、だいたい私が、セ……セフレになる必要なんて、ないじゃない!」
一菜「彼女もいるみたいだし」
・路地裏の入り口で不満げに待機している派手な女を指さす一菜
泉「あーあれ、あの子はただの友達」
泉「セックスするだけの関係」
一菜「私もその一人になれって? あなたねぇ……」
・額に手を当て、盛大なため息をつく一菜。倫理観の通じない相手に心底うんざりした顔。
一菜「と、とにかく……」
・「誰にも言わないで」と言いかけたところで、けたたましいクラクションが鳴り響く。
・路肩にハザードを焚いて停めていた一菜の車が、後続車の邪魔になっていた。
一菜「しまった、車……」
・焦って車と泉を交互に見る。
一菜「と、とにかく修平さんには言わないでね」
一菜「あと、何が欲しいか考えておいて」
・矢継ぎ早に告げると、きびすを返して車へと走っていく。
・泉はポケットに両手を突っ込んだまま、慌てて逃げていくその背中をおかしそうに見送る。
泉「めっちゃ必死だし。おもしれ」
・クスッと悪戯っぽく笑う。
泉「もう少し遊んでやるか」
〇家(キッチン)
・トントンと一定のリズムで野菜を切る音。
・一菜の顔はどんよりと暗く、疲労が滲んでいる。
一菜M「結局約束してもらえなかった」
一菜M「大丈夫かな。もしバレたら離婚……」
・最悪の想像に包丁を持つ手が止まる。はぁ、と重いため息が漏れる。
修平「ただいま」
・玄関から声がする。
一菜「お帰り」
・急いで表情を作り、上がってきた修平に明るい笑顔を向ける。
修平「はぁ。疲れた」
・ネクタイを緩めながらリビングに入ってくる。
一菜「お疲れ様。忙しかったの?」
修平「あぁ、ちょっとな。着替えてくる」
・カバンをソファに置き、寝室へ向かう修平。
一菜「あれ、スマホ鳴ってる?」
・ソファに放り出されたカバンの中から、くぐもったバイブ音が聞こえる。
・一菜はエプロンで手を拭き、リビングへ向かう。
〇リビング
一菜「急ぎだといけないよね」
・カバンから修平のスマホを取り出す。画面に通知が光っている。
・画面に表示された文字を読み上げる。
メッセージあり 「名古屋Y・独身・ほくろ」
一菜「何これ、暗号みたい」
・スマホを見つめたまま、不思議そうに首を傾げる。
修平「一菜っっ!!」
修平「何勝手に人のスマホ触ってる!!」
・突然の怒鳴り声。振り返ると、鬼のような形相の修平が、ドスドスと大股で足音を立てて近づいてくる。
一菜「ご、ごめんなさい」
・ビクッと肩を跳ねさせ、慌ててスマホを差し出す。異常な剣幕に怯えきっている。
修平「あ……」
・震える一菜を見て、修平はハッと我に返る。
修平「ご、ごめん。銀行の個人情報も入ってるから」
修平「今度から勝手に見ないで。ね?」
・一瞬にして穏やかな、いつもの「優しい夫」の顔に戻る。
・その不気味なほどの豹変ぶりに、一菜は目をぱちくりと瞬かせる。
一菜「う、うん。私のほうこそごめん」
一菜M「ビックリした。修平さんがあんな大きな声出すなんて」
・バクバクと鳴る胸をそっと押さえる。
〇ダイニングテーブル
・夕飯の席。
修平「ん、美味しい」
・修平が珍しく料理を褒める。
一菜「本当?よかった」
一菜M「珍しいな。そんなこと言うなんて」
・ちらっと正面に座る修平の顔を窺う。
修平「そういえば、泉どうだった?」
一菜「へっ!? どうって」
・不意打ちの質問に、思わず裏返った声が出る。目が泳ぎまくる。
一菜M「どういうこと? バレてる?」
・心臓が早鐘のように鳴り、持っていた箸を取り落としそうになる。
修平「イケメンだったろ? あいつ」
一菜「あ、うん……そうだね」
一菜M「なんだそういうこと。ビックリした」
・ほう、と息を吐き出し安堵する。生きた心地がしない。
一菜M「もう嫌になる。いつまでこんなこと続くの……」
一菜M「でも……」
・ふと、昨夜暗闇の中で抱きしめられた感覚が蘇る。
一菜M「久しぶりに人肌に触れて、心地よかった」
一菜M「そういうことをしなくても愛してるって修平さんは言ってくれるけど」
一菜M「やっぱり修平さんとしたい……体の繋がりは大事だよ」
・黙々とご飯を食べながら、一人思い悩む一菜。
・その様子を、修平がグラス越しに蛇のような冷酷な目でじっと観察しているが、一菜は全く気づいていない。
〇翌日(玄関)
・一菜は平日休み。ベランダで洗濯物を干している。
一菜「いい天気」
・澄み切った空を見上げながら、ポツリと独り言をこぼす。
『ピンポーン』
・突然、玄関のチャイムが鳴る。
一菜「誰だろう。はーい」
・洗濯物を籠に置き、玄関へ向かいインターホンのモニターを確認する。
一菜「え!?」
・画面に映っていたのは、にっこりと笑う泉だった。
一菜「どうして……」
泉「一菜さーん、いるんでしょ? 開けてよ」
・『ドンドン!』と容赦なくドアを叩く音が響く。
泉「入れてくれなきゃここであのこと叫ぶよ」
一菜「なっ……」
・脅し文句に、モニターを見る手にぐっと力がこもる。
泉「いいのー?」
一菜「……」
・近所に聞かれることを恐れ、仕方なく鍵を開ける。
・ガチャリとドアが開くやいなや、泉がずかずかと上がり込んでくる。
泉「こんにちは。一菜さん。俺に会いたかったでしょ?」
・人懐っこい、しかし何を考えているのか全く読めない笑顔を向ける。
・押し入ってきた泉に圧倒され、複雑な表情を浮かべる一菜の顔でEND。