愛憎を込めて毒を撃つ

第十一話

◆約二週間後(九月中旬)
〇ホテル街(夜)

里乃と潤はホテルの出入り口が見える路地にいる。
潤のスマホのGPS機能で、和寿と麗佳が入ったホテルを調べたのだ。
しばらくすると、里乃と潤の前に和寿と麗佳が出てくる。

潤「麗佳」
里乃「和寿」

里乃と潤を見た麗佳と和寿が、驚愕したように立ち尽くす。
和寿はなにかを悟ったようでもあった。

和寿「里乃……どうしてここに……」
里乃「ここに来るのは三度目なの」
和寿「え……」
麗佳「待って……。和寿さんの奥さん? どうして潤と一緒に……」
潤「近くに個室の店を押さえてある。ふたりとも一緒に来てください。話はそれからだ」



〇個室居酒屋(夜)

里乃と潤が隣同士に、麗佳と和寿が隣に座って、お互いの伴侶と向かい合う形に。
里乃と潤が離婚届とともに調査結果を広げる。

和寿「……」
麗佳「なにこれ……」
潤「離婚してくれ、麗佳」
麗佳「……待ってよ! そんな、いきなり……!」
潤「何か月も不倫しておいて、いきなりもなにもないだろ? 麗佳のご両親にもさっき報告させてもらった」
麗佳「……っ」

麗佳は涙を浮かべるが、里乃と潤はどこか冷めた思いでいる。
和寿はずっと黙っていた。

里乃「私の記入欄はもう埋めてあります。あとは和寿が書いてくれれば、すぐに提出するから」
和寿「里乃……。まずは話をさせてくれ……」
里乃「言い訳は聞かない。なにを言われても許せないし、一度や二度の過ちってわけでもないよね? たとえ一度きりの過ちでも許せないけど、頻繁にホテルに行くような関係性の女性がいる夫から、いったいどんな話を聞けばいいの?」
和寿「それ、は……」

麗佳「私……そんなつもりじゃ……」
潤「麗佳にも新村さんにも慰謝料を請求します」
和寿「……ッ、わかりました。お支払いします……」
麗佳「い、慰謝料なんて……」
潤「ふたりに対して、百万ずつ請求します。もしこれを吞んでいただけないようでしたら、弁護士を立てて争う準備もできてます」
里乃「私も和寿には離婚と慰謝料百万円を、麗佳さんには慰謝料として百万円を請求します」
麗佳「……ッ、合計二百万ってこと? そんな、待ってよ……!」
潤「麗佳はそんなこと言える立場じゃないんだよ。不倫は立派な不貞行為で、慰謝料請求も認められてる。そもそも、保身よりも先に俺たちに謝罪するべきだろ?」
麗佳「っ……!」
和寿「氷室さん……申し訳ありませんでした。慰謝料はきちんとお支払いします。里乃も……本当に申し訳ない……」
麗佳「っ……すみませんでした……」

和寿が頭を下げると、麗佳も観念したように頭を下げたが、麗佳からはあまり反省の色が見えない。
一方で、和寿の顔には後悔が滲んでいた。

和寿「里乃……慰謝料ならいくらでも払う……。でも、離婚は待ってくれないか」
里乃「……」
和寿「俺は里乃と離婚したいと思ったことはないし、里乃を愛してるんだ」
里乃「……なに言ってるの……?」
和寿「信じられないかもしれないが、本当なんだ……! 麗佳にだって離婚しないと言ってあったし、俺たちは一緒になりたいわけでもなかった」
里乃「だったら、どうして不倫なんてしたの!? 和寿と麗佳さんのしたことで、私たちがどれだけ苦しんでたと思うの!?」
里乃(遊びとか本気とか関係ない……。でも、こんな風に言われるくらいなら、麗佳さんのことが好きだって言われた方がまだ納得できた……)
和寿「それは……」
里乃「私がどれだけつらかったかわかる? わからないよね? 家では普通の態度でずっと不倫してたんだもんね……!」

里乃は大粒の涙を流し、和寿を睨む。
麗佳は不満そうにしつつも黙っており、潤は里乃の気持ちを察するように口を挟まない。

里乃「私がずっとどんな気持ちでいたと思う……? 子どもが欲しいのに触れてももらえなくて……それだけでもつらかったのに、いつからか不倫までされてて……。そんな状態で、和寿からの愛情なんて感じられるはずないじゃない!」
和寿「……」
里乃「結婚前は子どもが欲しいって言ってたのに、結婚しても妊活する気はないどころか、レスになって……。私がどれだけ悩んでたと思う? そんなときに和寿の不倫まで知って、どれだけ惨めだったかわかる? それなのに、取ってつけたように愛してるなんて言わないで……!」
麗佳「バカみたい」
潤「麗佳!」
麗佳「どうせバレたし、離婚するしかないみたいだから、もう全部教えてあげる。あなたの旦那さんね、私とは何度もしてたよ」
里乃「ッ……」
潤「麗佳! やめろ!」
和寿「麗――」
麗佳「妻だけEDだったみたいだけど、それって和寿さんだけが悪いと思う? 私とは一回ホテルに行くたびに何度もできたんだし、奥さんの魅力が足りなかっただけじゃないの?」

止める潤と和寿を振り払うように、麗佳がやけになってぺらぺらと話す。
里乃は言葉を失くし、表情を強張らせる。

和寿「違うっ! 里乃が悪いんじゃないんだ……!」
麗佳「どうして? だって、奥さんには反応しないんでしょ?」
和寿「……それはそうだった。でも、里乃のせいなんかじゃない……」
麗佳「どういうこと?」
和寿「作れないだ……」
里乃「え……?」
和寿「俺は……子どもを作れない……」

里乃は瞠目して絶句し、潤と麗佳も驚いたように言葉を失くす。

和寿「結婚前……里乃と一緒にブライダルチェックを受けただろ? あの検査がきっかけで、造精機能障害……つまり、男性不妊だってわかったんだ……」
里乃「……なん、で……今までそんなこと……」
和寿「怖かったんだ……。里乃は子どもを望んでたから……俺が不妊症だって知ったら、別れるしかないって……」
里乃「だから……今まで黙ってたの……?」
和寿「……すまない」
里乃(ひどい……。確かに、私は子どもが欲しかったけど……でもだからって、ずっと黙ってたなんて……)
和寿「自分が不妊症であることを隠して結婚したけど、ずっと後ろめたくて……。その上、里乃から妊活の話を切り出されたとき、自分には子どもが作れないとわかってたからか、プレッシャーと罪悪感で……その、できなくなって……」
潤「あんたなぁっ……!」

絶望感を抱く里乃だったが、潤が勢い良く立ち上がって身を乗り出し、テーブル越しに和寿の胸ぐらを掴んだ。
テーブルの上のグラスがひっくり返り、ドリンクが零れて和寿のスーツが濡れる。
麗佳は呆然とし、里乃が咄嗟に潤の手を両手で掴む。

里乃「潤……!」
潤「里乃の旦那なら、里乃が子どもが好きだから保育士になったことくらい知ってたはずだ! それなのに、自分が不妊症だって黙ってるなんてありえないだろ! なんで言ってやらなかったんだ!」
和寿「……」
潤「あんたがちゃんと言ってやってれば、里乃は少なくともレスや子どものことで悩まずに済んだんだ!」
里乃「潤……」
潤「あんたの身勝手で、里乃はずっと苦しんで……挙句、不倫されてまた苦しんだんだぞ! 本当に愛してるなら、里乃にちゃんと真実を言って話し合うべきだったんだよ!」
里乃「潤……もういいよ……。もうやめて……」

潤は、里乃の制止を振り払えず、和寿から手を離す。
その間、三人の様子を見ているだけだった麗佳が、里乃と潤を見た。

麗佳「ふたりは……知り合いなの?」
潤「……高校の同級生だよ」
麗佳・和寿「えっ……」
潤「俺は興信所で麗佳のことを調査してもらって、不倫相手の新村さんの妻が里乃だと知ったんだ。だから、同窓会で会ったのを機に、里乃にこの話をした……」

潤も里乃も、過去に付き合っていたことは言わなかったが、麗佳と和寿は驚きを隠せないようだった。

潤「幸か不幸か、こうやって協力できたよ」

自嘲交じりに笑う潤に、里乃も力なく微笑む。
麗佳と和寿は、言葉を失くしたように黙り込んでいた。

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