合意的不倫関係のススメ
私だって別に仕事人間という訳ではないし、食うに困らない分だけ稼げればそれでいいとも思っている。私の中に専業主婦になるという選択肢は存在していないから、お荷物扱いされない程度には会社に貢献しなければ、という打算もあるけれど。

別にいい先輩になろうとも思わないし、花井さんを育ててやろうという気概もない。ただ社会人として、円滑な歯車の一部としてやることをやってもらえればそれで、というだけのこと。

和菓子売り場の主任は気の小さい人で、自分より立場が下の人間にもあまり強く出られない。

ーー代わりに三笹さんが

という彼女の心情が透けて見えており、私は今回のようにスルーできないミスが起こった時だけ注意役をかって出るようにしている。

(一円の足しにもならないのに、損な役回り)

それでもやはり、人間には適材適所というものが存在しているのだ。

「三笹さん、マジでだるいわ。派遣相手にあんなにムキになっちゃってさ」

最近の若い子は、こうも怖いもの知らずなのだろうか。私も利用していると知っている女子更衣室で、堂々と悪口を吹聴するなんて。

「もー口煩いんだから!お前は姑かって感じ!」
「三笹さんってそんな人なの?大人しそうな感じなのに」
「どこが!ただ地味なだけじゃん」

お客様への挨拶の声は小さいくせに、こういう時だけは大きい声が出せるのねと、妙に感心してしまう。

彼女のような子に何を言われても特に傷付かないので、私はそのまま着替えを続けた。

「あんなんでよく結婚できたよね。旦那絶対不細工だよ」
「三笹さんと同期の先輩から聞いたけど、めっちゃイケメンらしいよ」
「嘘でしょ、そんな訳ないじゃん」

さもおかしそうに笑う声が、更衣室に響く。他人の迷惑になるとか、そういった考えはないのだろう。

(蒼を見たら、驚くだろうな)

脱いだストッキングを丸めながら腹の底でそんなことを考える私は、最低だろうか。彼は私のアクセサリーでも何でもないのに。

「あーあ、もう辞めちゃおうかなぁ」
「まぁ、所詮私ら派遣は給料安いしねぇ」
「次は受付とかやりたい。それでエリート社長に見初められてプロポーズされたりして」
「ちょっとドラマの見過ぎだから」

(大学生みたい。頭の悪い会話)

ぱたんとロッカーを閉めて、私は更衣室を後にした。

今日の夕飯は私の食べたいものにしようと、頭の端で考えながら。
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