合意的不倫関係のススメ
「お帰り茜」
「ただいま」
「作り置き、温めておいたから」

やっぱり、蒼は優しい。けれど裏を返せば、この優しさは“隠れ蓑”にもなるということ。

だって六年前あの赤いパンプスの女と浮気していた時だって、彼は変わらず私に優しかったのだから。

そして、三年前のあの時も。

「明日、同期と飲みに行ってきてもいい?」
「うん。いいよ」
「ありがとう」
「了解なんて取らなくていいのに」

気を遣う必要はないという意味で言ったつもりで、他意はなかった。

「それは、興味ないってこと?」
「えっ?」
「…ごめん、何でもない」

本当は聞こえていたけれど、私は聞き返すふりをした。彼がこう答えるだろうと、分かっていたから。

(嫌だな、この空気)

「あ、そういえば今日美空から連絡があってね?今度…」
「うん」
「今度ね?えっと…」
「うん」

蒼は上の空で、黙々と肉じゃがを食べている。明らかに話を聞いていない様子の彼に、内心冷や汗が流れる。

こんな時普通の夫婦ならば、私の話を聞いていないでしょうと言って、旦那を責めるのだろうか。そして、言い合いに発展したり。

それが出来ない私は、羨ましいと思ってしまう。

(だって、嫌われたくない)

どうすればいいのだろう。母親と暮らしていた時も、祖父母と暮らしていた時も、我なんて通したことがなかった。

だからこんな時、どうしたらいいのか分からなくなってしまうのだ。本音を曝け出して、それを受け止めてもらえる自信などないから。

「ねぇ蒼…」

結局あのまま夕食を食べ終わり、入浴まで済ませベッドに入った。私は彼のスウェットの裾を引き、上目遣いに問いかける。

「今日は…しないの?」
「…」
「蒼?」

私からこんな風に誘うことなど殆どない。恥を忍んで勇気を出したのに、彼の表情は固かった。

「どうして急にそんなこと…もしかしてアイツと何か」
「何もないよ?私はただ」
「茜、おいで」

浮かない表情のまま、蒼は私を強く抱き締める。そして今日もまた、私を抱く気配は見られなかった。

(何で、どうして…どうしよう)

じわりと目の端に浮かんだ涙を、私は慌てて隠した。
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