合意的不倫関係のススメ
ーー

更衣室で制服に着替える瞬間は、何度経験しても身が引き締まる気がする。年数が経って仕事になれても、やはり緊張はするものだ。

「おはようございます」
「おはようございます、三笹さん」

売場に到着すると、ここに来るまでに頭の中で簡単に思い描いていた今日のスケジュール元に、実際に手を動かしていく。

(今日中に発送しないといけない荷物が、確か十件。それと、今度開催するフェアの件でメーカーに確認の電話入れる。後は確か広報部からもデータ来てたよな)

順序を組み立てつつ、まず発送に取り掛かった。

「三笹さん。これ、確認印お願いします」
「あ、うん」

花井さんが持ってきた伝票に目を通していると、彼女が何故か小声で話しかけてきた。

「三笹さん、この間売場に来られてたのって旦那さんですか?」
「えっ?ああ、うん」
「…やっぱりホントだったんだ」

信じられないような表情でぽつりと呟いた彼女を、ちらりと横目で見る。この子ってどうして、こんなに自分に自信が持てるんだろう。

自信があるからこそ、人を馬鹿にできるのか。それとも、それ位しか楽しみがないのか。

「とっても素敵な旦那さんで羨ましいです」
「そう?ありがとう」
「今度お見かけしたら、ちゃんとご挨拶しますね。同じ売場の後輩として」
「あー、うん」

きちんと目を通し不備がないかを確認後、三笹と書かれたシャチハタをぽん、と押した。

(この子、赤いパンプス履きそうよね)

ぼんやりとそんなことを考える。

花井さんが去った後も、頭が切り替わらなかった。せっかく仕事脳にスイッチを入れたというのに。

昨日の蒼は、様子がおかしかった。私を抱くこともなかったし、やたらと甘えてきた。

それがもし“ご機嫌取り”なのだとしたら…

(私はまた、《《あんなこと》》をするのかな)

あの時の自分は、頭がおかしかったとしか言い表しようがない。

それと同時に、あの行動をとったからこそ今も蒼と夫婦を続けることができている、ともいえるのが悲しくて堪らなかった。
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