合意的不倫関係のススメ
蒼のおかげというのも、何とも皮肉なものだ。彼から私を「よろしく」と頼まれた花井さんは、あれから別人格が出現したかのように私に対して丁寧に接するようになった。
蒼の言い方は、彼女の人となりを非常に巧く操っている。私から「会社での話をよく聞いている」と付け加えられたひとことのせいで、彼女は下手な真似が出来なくなったのだ。
(業務が進めやすくて助かるわ)
それは本音だ。私は他人の悪意をあまり心に移さない性分で、悪く言われることには慣れている。けれどスムーズに仕事をこなすには、嫌われないに越したことはないのだ。
「三笹さん、確認お願いします!」
「はい、分かりました」
花井さんから差し出された伝票に上から目を通していく。発送用の伝票に掛けられたのし紙までしっかりと確認し、印を押した。
「じゃあこれ、梱包して配送ボックスに入れておきます!」
「よろしくね」
ちらちらと、彼女が私に対して何らかのことを期待しているのが分かる。大方、蒼に自分のことを褒めるよう伝えて欲しいのだろう。
(そんなことするわけないでしょ)
誰が好き好んで、泥棒猫予備軍に美味しい餌を与えるものか。
それに勘違いしているようだから、はっきりと教えてあげたい。蒼は貴女に気があるから庇ったわけではないですよ、と。
幾ら期待したところでそれは無駄だ。彼が心から愛しているのは、私だけなのだから。
(だからもう、近寄らないで)
体だけでも構わないなんて、そんな馬鹿なことを言い出さないで。私達の目の前から消えてほしい。
「三笹さん、ぜひまた一緒にご飯行ってください。もちろん蒼さんや、私の友達も」
「そうね、機会があれば」
「あんな素敵な旦那さんがいる三笹さんが羨ましいですぅ。この間も凄く優しかったし」
二條さんから苦言を呈されたくせに、全く懲りていないようだ。私なら言い返さないはずだと、たかを括っているのだろう。
キツく言い返してやりたいが、私に冷たく当たられたと、それを口実に蒼に近付かれたら堪らない。私は適当に相槌を打つと、そのままノートパソコンに視線を戻した。
(…頭痛い)
午後二時前、食堂の隅で弁当の包みを広げる。美空には旦那と約束があると、断られてしまった。あそこの夫婦は、常に美空に決定権がある。年上の夫を掌で転がしている彼女が、とても羨ましく見えた。
「三笹さん」
「…お疲れ様です」
「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても」
コンビニの袋を下げた二條さんが笑いながら、私の向かいに腰を下ろした。
「俺だって普段は外回りで忙しいんだからね?」
「別に何も言っていません」
「三笹さんに会えてラッキー」
頬杖をついてこちらを見つめる彼の飄々とした態度が、癪に触る。この間あんな《《意地悪》》をしたくせに、全く何とも思っていないようだ。
私は花井さんのように「庇ってくれたから自分に気がある」などという、浅はかな思考は持っていないから。
「おっ、今日もうまそう。ねぇ、これと交換しない?」
「しません」
せめてもの腹いせだと、ぷいっとそっぽを向く。一度目を丸くした二條さんは、その後何故かふっと噴き出した。
蒼の言い方は、彼女の人となりを非常に巧く操っている。私から「会社での話をよく聞いている」と付け加えられたひとことのせいで、彼女は下手な真似が出来なくなったのだ。
(業務が進めやすくて助かるわ)
それは本音だ。私は他人の悪意をあまり心に移さない性分で、悪く言われることには慣れている。けれどスムーズに仕事をこなすには、嫌われないに越したことはないのだ。
「三笹さん、確認お願いします!」
「はい、分かりました」
花井さんから差し出された伝票に上から目を通していく。発送用の伝票に掛けられたのし紙までしっかりと確認し、印を押した。
「じゃあこれ、梱包して配送ボックスに入れておきます!」
「よろしくね」
ちらちらと、彼女が私に対して何らかのことを期待しているのが分かる。大方、蒼に自分のことを褒めるよう伝えて欲しいのだろう。
(そんなことするわけないでしょ)
誰が好き好んで、泥棒猫予備軍に美味しい餌を与えるものか。
それに勘違いしているようだから、はっきりと教えてあげたい。蒼は貴女に気があるから庇ったわけではないですよ、と。
幾ら期待したところでそれは無駄だ。彼が心から愛しているのは、私だけなのだから。
(だからもう、近寄らないで)
体だけでも構わないなんて、そんな馬鹿なことを言い出さないで。私達の目の前から消えてほしい。
「三笹さん、ぜひまた一緒にご飯行ってください。もちろん蒼さんや、私の友達も」
「そうね、機会があれば」
「あんな素敵な旦那さんがいる三笹さんが羨ましいですぅ。この間も凄く優しかったし」
二條さんから苦言を呈されたくせに、全く懲りていないようだ。私なら言い返さないはずだと、たかを括っているのだろう。
キツく言い返してやりたいが、私に冷たく当たられたと、それを口実に蒼に近付かれたら堪らない。私は適当に相槌を打つと、そのままノートパソコンに視線を戻した。
(…頭痛い)
午後二時前、食堂の隅で弁当の包みを広げる。美空には旦那と約束があると、断られてしまった。あそこの夫婦は、常に美空に決定権がある。年上の夫を掌で転がしている彼女が、とても羨ましく見えた。
「三笹さん」
「…お疲れ様です」
「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても」
コンビニの袋を下げた二條さんが笑いながら、私の向かいに腰を下ろした。
「俺だって普段は外回りで忙しいんだからね?」
「別に何も言っていません」
「三笹さんに会えてラッキー」
頬杖をついてこちらを見つめる彼の飄々とした態度が、癪に触る。この間あんな《《意地悪》》をしたくせに、全く何とも思っていないようだ。
私は花井さんのように「庇ってくれたから自分に気がある」などという、浅はかな思考は持っていないから。
「おっ、今日もうまそう。ねぇ、これと交換しない?」
「しません」
せめてもの腹いせだと、ぷいっとそっぽを向く。一度目を丸くした二條さんは、その後何故かふっと噴き出した。