合意的不倫関係のススメ
「美味しい!三笹さんって、お料理上手なんですねぇ。私、教えてもらっちゃおうかなぁ」
「花井さんが持って来てくれたお肉が上等なものだからよ」
「蒼さんって、手料理だったらどんなものがお好きなんですか?」

蒼の正面に座り、にこにこと目を輝かせている彼女をぼうっと見つめながら、自身に問いかける。こんなことをして、一体何をどう進めたいのかと。

(もう、分からない)

考えても考えても、それでもどうしようもなかった。怖くて仕方なくて、それならいっそ誰かに奪われてしまった方が諦めがつくのではないかと、そんな風にも思った。

六年前のあの瞬間、蒼から切り捨てられると戦慄した私は、泣きついてきた彼を見て心底安堵した。しかしその日からいつだって私は、真綿で首を絞められている。

いつまた、同じことが起こるか分からない。そしてその時こそ、私は蒼に捨てられる。

本当に捨てられてしまえばいい。そうすれば、もうこの世に何の未練もなくなる。悲しませるかもしれないと、そんな後の心配だってしなくていい。

私には、蒼以外の家族なんていないのだから。

「俺は茜の作ったものなら何でも好きかな」
「えっと、そういうことじゃなくってぇ」

(珍しい…)

あの蒼が、花井さんに対してあからさまに冷たい。この間の二條さんのような対応ではないけれど、はっきりと壁が見えている。

「茜、毎日大変なのにありがとう」
「えっ?う、ううん」
「明日も仕事だろうし、花井さんも遅くならないうちに帰った方がいいよ。俺は飲んじゃってるから、送れないし」

彼女が家に来てまだ小一時間。けれどそんな風に帰宅を促す蒼に、さすがの花井さんもたじろいているようだった。

(まさか《《あの》》時みたいに…)

私には絶対に見せない、蒼の暴力的な部分。彼はそれをぶつける対象として、花井さんを選んだのだろうか。

そう思うと、せっかくの料理もあっという間に色褪せてしまった。

結局彼女は気分を損ねたようで、すぐに帰っていった。あまり食べていなかったようだし、持ち帰ってと言っても断られたし、食材だけ持って来させたようで少し気の毒だ。

「じゃあ、気をつけて帰って」
「…お邪魔しました」

蒼は、玄関に見送りにすら来ない。彼がいないと花井さんの態度はとたんにおざなりになった。

「花井さん帰ったよ。ごめんね、今日は突然…」

謝罪しながらリビングに戻った瞬間、蒼が強い力で私の腕を引く。その勢いに逆らえないまま、私の体はソファに沈められた。

「…なんで?」

見開いた私の眼前に広がるのは、哀しげに揺れる彼の瞳。ぎゅっと眉根を寄せ、今にも怒りと哀しみが混ざったような表情で私を見つめていた。

「なんでわざわざ、彼女を招いたの?」
「そ、れは……」
「俺と彼女が、どうなっても構わないってこと?」

違う。そんな風に思ってなんかいない。

本当は、貴方を独り占めしたくて堪らないのに。
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