病める時も健やかなる時も、その溺愛はまやかし~死に戻りの花嫁と聖杯の騎士

20、本当の名

 翌日、わたしたちはグステンの宿場を出立し、巡礼ルートに入って旧神殿を目指す。宿場町を出ると旧街道からも外れるため、森の中の道を行くことになる。
 手入れはされているけれど、高い樹々に囲まれた道は昼でも薄暗く、遠くから「ホウ、ホウ」と鳴く鳥の声が聞こえる。

 この森は精霊の森。精霊王との契約のもとで、人間にも開かれた森だ。
 人は森の精霊を崇め、神殿を祀る。その代わり、森の中に点在するダンジョンと化した古代の遺跡から、古代の魔導具や魔石を得、あるいは森の中の薬草を採取し、魔獣を狩り、角や毛皮、肉を得ることを許されている。
 この森で禁じられるのは、人のものを奪うこと。だから、この森に盗賊はいない。辺境伯軍の治安部隊や自警団よりも、精霊王の呪いの方が恐ろしいから。
 
 ゆえに、巡礼者は盗賊ではなくて、むしろ狂暴な魔獣を恐れる。魔獣狩りに長けた冒険者を護衛に雇うのは、そのためである。

「魔獣が動くのは夜だから、日のあるうちに目的地に入れるよう、余裕をもって行程を組むんだ」

 ロイが手綱を捌きながら言う横で、わたしは幌から顔を覗かせ、森の中をキョロキョロと見回していた。

「森の動物は全部、魔獣なの?」
「いいや? 普通の動物もいるよ? ただ、森の奥は魔素が多いからね、長く生きて魔獣化するものもいる。コカトリスやバイコーンのような、もともと種族として魔に属するものたちは、特に力が強い」

 それでも、グステンから旧神殿に至る道はもっとも人の通る巡礼路であるから、この道に魔獣が出ることは滅多にないらしい。

 ロイとは子供のころは兄妹のように育ったから、幼馴染の気安さで頭巾も外してあれこれ喋っていたわたしは、ふと視線を感じて頭を廻らす。
 すると、馬車の脇で騎乗していたユードが複雑な表情でわたしを見ていた。
< 121 / 184 >

この作品をシェア

pagetop