先生と私の三ヶ月
「純ちゃん、お盆に帰って来れるの?」
 上海に発つ時は時間が取れるかわからないと聞いていた。

「帰るよ。母さんが怖いから」
 ハハと冗談めかして純ちゃんが笑った。
 お義母さんに言われたら、ちゃんと帰って来てくれるんだ。私の為じゃないんだ。なんて意地悪な事を思ってしまう。

 それからお酒を飲みながら、純ちゃんの近況を聞いた。上海ではホテル暮らしをしていて、家事に困る事はないらしい。仕事は忙しくて、上海の街を楽しむ余裕もないと言った。明日も朝一の便で上海に戻るらしい。本当に純ちゃんは忙しそうだ。

 一時間程で、お寿司屋さんを出た。大丈夫だと言ったけど、ホテルまで純ちゃんが送ってくれた。

 レセプションカウンターに寄ると、まだ先生は帰って来ていないと言われた。物凄くがっかりした。先生、一体どこに行っているんだろう。

「そうか。小説家の先生に会ってみたかったが、残念だ」
 純ちゃんがそう言いながらついて来た。
 部屋まで送ってくれるのかなと思いながら、一緒にエレベーターに乗った。
 六階の私の客室まで来ると、純ちゃんも当然のように部屋に入った。

「中々、いい所に泊まってるじゃないか」
 純ちゃんが客室を眺めながら言った。

「うん。先生に取ってもらって」
「新婚旅行、パリに行きたいって今日子言っていたよな」
 ベッドに腰かけながら、純ちゃんが口にした。
 そう言えば、そんな事もあった。あの時、パリは嫌だと言ったのは純ちゃんだった。それで定番のハワイになったんだ。

「なんだっけ、ほら、今日子の知り合いのピアニスト。パリで非業の死を遂げた人」
「中村ひなこさん?」
「そう。新婚旅行から帰って来た日にそのニュースを聞いて、今日子ショックを受けていたよな」
 ひなこさんの事は悲しい思い出だ。話したくない。
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