先生と私の三ヶ月
「なあ、今日子、眠るならベッド行こう」

 優しい声が耳元に下りてくる。長い指が私の機嫌をうかがうように耳の周りの髪を梳く。こんな風に純ちゃんに触れられたのは久しぶりだ。

 先生に会う前の私だったら、純ちゃんに好きな人がいると知っていても、触れられて喜んだだろう。だけど今は嫌だ。私にだってプライドがある。もう純ちゃんの気まぐれにつき合わされるのは沢山だ。

「ほっといて」
 純ちゃんの手を振り払って、背を向けた。
「なんだよ。まだ怒っているのか? 悪かったよ。中村さんの事を口にしたのは」
「その事じゃない」
「じゃあ、何だよ?」
 この人は全然、私の気持ちをわかってくれない。
 私はロープウェイになんか乗りたくない。どうして5年も一緒にいて高い所が苦手だって知らないの?
 ハワイに行く飛行機の中で言ったじゃない。高い所が怖いって。なんで覚えていないのよ。じわりと悔し涙が浮かんでくる。

「疲れているの。帰って」
「泊めてくれないのか?」
 甘えるような声で言われて、腹が立つ。
「はあ? 純ちゃん、ホテル取ってないの?」
「取ってあるけど、一人になりたくないんだ」
 起き上がって、純ちゃんを見ると、すがりつくような目で見つめられる。今さらそんな風に見つめないでよ。甘えると、いつも私を突き放したじゃない。本当に、腹がたつ。

「何、子どもみたいな事言ってるの。帰って!」
「今日子。そんな事言うなよ」
 純ちゃんに抱きしめられた。コロンと汗と、お酒の混ざったような匂いがして不快で堪らない。

「もう、離れて。お酒臭い」
「いいじゃないか」
 純ちゃんがぎゅっとしてくる。嫌悪感が増して、胃がムカムカする。
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