先生と私の三ヶ月
一時間後、羽田空港にいた。

「あの、これは一体」
 隣の黒田さんを見ると、スーツ姿で床に座り込み、いきなり土下座をした。

「急なお願いなのはわかってますが、葉月さんしか頼める人がいないんです!」

 ロビーにいた人たちが一斉に黒田さんに目を向ける。

「く、黒田さん、あの、人が見てますから、土下座なんてやめて下さい」
 慌てて黒田さんの側に屈んだ。

「いや、これぐらいの事はさせて下さい。私は葉月さんにとんでもない無茶を言うんですから」
 とんでもない無茶って何? 犯罪の片棒でも担がされるの? 思わず唾を飲み込んでしまう。

「実は望月先生に忘れ物を届けて欲しいんです。先生、これがないと執筆が出来ないらしく、今困ってるんです」
 なんだ。忘れ物を届けるだけか。土下座までするからびっくりした。

「葉月さん、お願いします。先生に忘れ物を届けて下さい。どうか、どうかお願いします」

 黒田さんが土下座を続ける。
 外国人の集団が近くで立ち止まり、物珍しそうにスマホを向けて写真を撮り始めた。

 恥ずかしい。こんな所を撮られるなんて。

「あの、黒田さん、土下座はやめて下さい」
「いいえ。やめません。葉月さんが引き受けて下さると言ってくれるまで土下座します」
「あの、わかりましたから、忘れ物ぐらい届けますから、だから土下座はやめて下さい」
「届けて頂けるんですか!」
 黒田さんが顔をあげた。
 この恥ずかしさと比べれば忘れ物を届けるぐらいどうって事ない。

「はい。届けに行きます」
「良かった」
 黒田さんが立ち上がり、胸ポケットから航空会社の封筒らしき物を出した。
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