先生と私の三ヶ月
「ワインも飲むか」
 先生が手元のメニューに視線を向けた。
「飲みたいですね。でも、今日は酔っちゃいそうだけど」
「酔ったら店に置いて行くからな」
「ちゃんと連れて帰って下さいよ。もう迷子になるのはこりごりなんですから」
「迷子になったのか?」

 先生の顔から笑みが消え、心配そうな表情を浮かべた。あまり話したくなかったけど、先生に見つめられ、空港で気を失った事や、荷物を無くした事を正直に話した。また先生にバカにされると思ったら、先生はテーブルの上の私の手を労わるように握った。

「すまない。大変な目に合わせてしまったな」
 真っすぐな瞳が向けられ、先生は本当に申し訳なさそうに口にした。
 こんな事、絶対に言わない人だと思っていたから、びっくり。

「いえ、あの、大変でしたけど、不幸中の幸いというか、パスポートは無事だったので。それに恵理さんという日本人の方のおかげで、クレジットカードとスマホは盗難の手続きが出来たし、お財布には元々そんなに現金も入っていなかったから、大丈夫です。スマホもそろそろ変えようと思っていたやつだし、そんなに被害は大きくないというか、でも、黒田さんにもらった500ユーロと帰りの航空券を無くしてしまったのは申し訳なかったです。こちらは、あの、私のお給料から天引きして下さい」

 つい早口になってしまう。先生に握られた手が熱い。先生の視線に頬が火照る。今夜は先生が意外な行動ばかりするから、心臓が慌ただしくなって仕方ない。

「本当にお前は律儀な奴だな。天引きなんかしないよ。ちゃんと出張手当を出すからな。急な事で大変だっただろう。俺のわがままにつき合わせてしまったな」

 思わず先生をじっと見てしまう。やっぱり先生らしくない。もしかして先生と同じ顔をしているけど、目の前の人は双子の弟とか?

「あの、先生、本当に望月先生ですか? 双子の弟さんとかじゃないですよね?」
 先生がきょとんとした表情を浮かべた。
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