先生と私の三ヶ月
 何をこんなに私は戸惑っているのだろう。

――お前の事が好きなんだよ。
――俺に会いたかったか?

 生々しく耳に残る先生の低音の声。
 心臓がいちいちドキドキしてしまうのはなんでだろう? 雲の上を歩いているみたいにふんわりと宙に浮きそうなこの気持ちはなんだろう。

 隣を歩く先生の鼻筋の通った横顔を見ながら、つい、いろいろと考えてしまう。どうして先生はついて来るんだろう。一人になりたかったのに。

「そんな顔で見るな」
 目が合うと先生が気まずそうに頬をかいた。

「アルコールの入った女性を一人にさせる訳にはいかんだろう。ここは日本じゃないんだぞ。知らない男に声でもかけられたらどうする? 言葉も通じない中で、お前は抵抗する間もなく、お持ち帰りされるぞ」
 
 確かに。言葉も通じない中で、強引になんて事もあるかもしれない。ここは日本ではないんだ。私はスマホも持っていないし……。先生の言う事を想像したら、背筋がぞくぞくっとした。

 急に怖くなって、先生に近づくと「さては怖くなったんだな」と笑われ、「お前は子どもみたいなやつだな」と言ってまた手をつながれた。――ドキッ。純ちゃんとは違う、骨ばった男らしい大きな手。なんか守られてる感がある。

 酔っているからか、それとも緊張しているからか、私の方が体温は高い。こんな事されたらまた落ち着かなくなるから困るのだけど……。

 ちらっと、先生を見ると涼しい表情を浮かべている。
 先生は私と手をつなぐ事を何とも思っていないの? ドキドキしているのは私だけ?
 
「それからな。お前の今夜の寝所だけどな。どこもホテルは満室で用意できなかったから、俺と同室になるぞ」
「同室ですか」

 えっ――!
 同室……つまり、先生と一晩、同じ部屋……。

 火がついたように顔が火照る。
 心臓がどくどくと慌ただしく鳴り始めた。
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