黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
第1章 大切な人との決別
 天界の最果て。
 空に浮かぶ小島に、私たち龍神族の面々は揃っていた。ここから下りれば人界となる。地上では皇国・イルテアの建造物の灯りが窺えた。私たちの使命は、人界で大量に発生した魔物を討伐することだ。そのため龍神族の中から精鋭部隊が編成され人界へと向かっていた。私こと結月守那(ユヅキ=カミナ)もまた、今回の魔物討伐に参加していたのだが──。

「結月。僕と一緒に世界の支配者となって、魔物と人間双方を滅ぼそう」
「……は?」

 彼──龍神族の一人、刀夜語李(トウヤ=カタリ)は、私にそう告げた。冗談のつもりかと最初は思ったけれど、瞳に宿る強い意志は本気のようだ。

(どこの世界に、そんな大言壮語を吐く奴がいるのか──って思ったのだけれど、目の前にいるのよね……)

 刀夜の傍には側近の猫々(ニャンニャン)馬仙(バセン)が控えている。二人とも白銀の髪に、金色の瞳、白い外套を羽織っている。私の淡藤色の髪とは大違いだ。
 ポニーテルの髪型に、巨乳の猫々と、短髪で無口だけれど思慮深い馬仙は、ジッと私の答えを見守っていた。周囲に控えている龍神族たちも異論はないようだ。

(みんなの反応を見るからに、この計画を知らなかったのは私だけってことね……)

 周囲には白く小さな花たちが風で愛らしく揺れる。
 私は刀夜を真っすぐに見つめた。
 白銀の長い髪がはためいた。金色の瞳、フチなしの眼鏡は知的な印象を持たせ、整った顔立ちの偉丈夫は薄く微笑んだ。白の外套に上衣と袴は神々しく、神々の代行にふさわしい姿なのだが私には酷く歪んで見えた。
 龍神族の族長代理。それが刀夜の肩書だ。

 龍神族。
 神々の血を引く種族であり、魔物を屠り浄化する世界の均衡者(バランサー)である。今は天界に移住しているが地上に魔物が溢れ世界均衡が崩れる時のみ、人間の手助けを行う。世界の守護者であることが誇りだった龍神族は、今まさに自らに課せられた役割を、放棄すると宣言したのだ。

「どうして、そんなことを──」

 夕暮れの風が冷たく私の頬を吹き抜ける。
 かつて世界を誰よりも愛していた人が、どうしてこんなに変わってしまったのだろう。思い当たるとしたら、兄様の死だろうか。それなら刀夜だけじゃない。父様や私だって──。

(私だって世界や人が憎い。龍神族を人類守護と崇めて、魔物と戦わせ続けた。平和になればなったで、彼らは手の平を変えたのだから──)

 ぐっ、と拳を握りしめる。
 それでも私が復讐に走らないのは、父様の背中を見ていたからだ。暴走した兄様を止めたのは父様だった。だからもう見たくない、同族を屠る父様の姿を。
 あの光景を刀夜も見ていたというのに──。なぜ、という疑問ばかりが私の頭の中にあった。

「ああ。君は優しいから人間に同情しているのか」
「違うわ。私は父様がこれ以上傷ついて欲しくないだけ」
「……なら、こうしよう。良心を持ついい人間なら殺さない。昔の逸話にあったように悪い人間なら、その肉体は塩の柱にする。どうだい?」
「私は神々の代行として、対魔物に特化した力と浄化を持つけれど、神様じゃないのよ」
「刀夜様の素晴らしさが分からぬ小娘が! 刀夜様、やはりこの者を同行させるのは──」
「黙りなさい、猫々。今、彼女と話しているのは僕だよ」
「も、申し訳ございません」

 先ほどまで鋭く私を睨んでいた猫々は、萎れた花のように片膝をついて刀夜に謝罪した。

(相変わらずの心酔ぶり……。龍神族の女はみんな刀夜に惚れているっていうけれど、私には分からない感覚だわ)
「結月、今は受け入れられなくてもいい。……ただ一緒に着いてきてくれないか?」
「私が与することで、父様(とーさま)と拮抗しようとでも考えているなら無駄よ。龍神の娘だからと言って手心を加えるような方ではないもの」
「だろうね。けれど躊躇ぐらいはするだろう。もはや血縁者は君しかいないのだから、刃が鈍るはずだ」

 予想していた通りお決まりの返しだ。刀夜が私を欲しがる理由なんて、それぐらいしかないだろう。天界に置いて私の価値は「龍神の娘」であり、父に次ぐ力を有している。それだけだ。
 けれどそれで充分だった。自分を不幸だと思ったことはない。龍神族の中でも異質なだけ。父様も母様も大好きだし、二人とも大事に育ててくれた。
 世界は残酷で、無慈悲だけれど──それだけじゃない。それだけじゃなかったはずだ。理由はどうあれ龍神族が、世界を狂わせてはならない。
 キッと私は刀夜を睨んだ。返事はそれだけで伝わっただろう。私は戦闘態勢を取る。

「宝玉──全解除」

 言葉と同時に、私の周囲に稲妻が降り注ぐ。金色の煌めきは神々しく、強烈な光に刀夜は目を細めた。溢れ出す膨大な魔力に、猫々と馬仙が動いた。
 だがもう遅い。

「──龍甲……」

 一閃。
 私より速く、その攻撃は繰り出された。反射的に私は背後に飛び退いたが──。
 轟ッ!!
 圧縮された高濃度のレーザー砲は周囲の小島を抉り、地形を変えた。凄まじい威力は鮮血が空から降り注ぐように、私の世界を真っ赤に染めた。
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