黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
そう言うとダリウスは婚約者候補たちに目もくれず、真っすぐに私のいる隠し扉へと歩み寄る。隠し扉を勢いよく開け、彼は手を差し伸べた。
兜だけではなく甲冑を解除すると、彼の熱い眼差しが私を射抜く。
「さあ、ユヅキ」
「言われなくとも」と、思いながら私は彼の差し出した手を取る。本当にずるい。そう思いながらも彼に導かれて、婚約者候補たちと対面する。
四人とも私の姿を見た瞬間、目を見張った。それもそうだろう。妻と呼ぶものが「人」ではないのだから。令嬢たちの付き人たちも、ダリウスの変わりように驚いているのだろう。ざわめきが波紋を広げて大きくなっていく。
「彼女が俺のたった一人の妻となる、龍神族の姫。ユヅキ=カミナだ」
「お初にお目にかかります。天界から降り立った際、傷ついた私に手を差し伸べてくださったのがダリウスだったのです」
これは元々そういったセリフだが私は思いを込めて語る。胸に積もる感情は本物だから。だからこそ説得力というものは生まれるのだ。ダリウスはそのまま玉座に座ると、私を抱き寄せていつものように膝の上に乗せる。周囲が見るからにざわついた。
けれども、カイルや控えている侍女長たちは澄ましたものだ。私もこの体勢も慣れっこだった。これだけでもダリウスの寵愛を受けているというのが分かるだろう。だがダリウスは悪戯を思いついた子供のように無邪気な顔で、私の額、鼻、頬に口付けをする。
(か、完全にこの場を楽しんでいる。魔力を通してダリウスが演技じゃないっていうのが一番恥ずかしいのだけれど!)
今にも許容量がパンクしそうになるが私は堪えた。ここは皇太后としての務めを果たす所だ。期待に応えるため勇気を振り絞って、ダリウスの頬にキスを落とす。
「!?」
出血大サービスのつもりだったのだが、これがいけなかった。ダリウスは婚約者候補たちを無視して、キスの雨を降らせる。
普段から私がキスをすることなんて殆どない。ダリウスが寝ているときはノーカンだと私は自分に釈明する。とまあ脳内で抵抗を見せるものの、ダリウスを好きだという気持ちを隠すのは無理があった。それぐらい私の中でダリウスを受け入れつつある。
「ごほん、閣下! 謁見の場ですので、し──いえ、そういったことは、別室でお願いします」
「ふん」
言葉をかけるカイルにダリウスは、あからさまに不機嫌そうに顔を顰めた。私は心の中でカイルに感謝をした。ちらりと令嬢たちに視線を向けると、反応はそれぞれだった。
「見ての通り俺の妻は彼女だけだ。側室を設ける気もない。その旨を現皇帝にも伝えたのだが、お前たちへの連絡が入れ違いになってしまったようだ」
(うんうん、そういうシナリオだったわね。本当にシナリオよね? いやでも、私がダリウスを好きになるってことは……)
そう皇太后。その責務を全うする立場になる。兄様とは異なるけれど、それでも地位や立場を得ること。ダリウスを思う気持ちにストップがかかるのは、これがあるからだ。知らない間に兄様と同じ未来になるのではないか──。
頭で違うと思っても、完全に否定はできなかった。
(……って、今は皇太后としてダリウスの役に立たないと)
「話はこれで終わりとする。みな下がっていいぞ」
「閣下、そんな……。私は……ずっと貴方様のことが……っ」
そう言って茶色の髪の少女アネットは、その場に崩れ落ち「よよっ」と泣き始めたではないか。彼女の従者たちは、その姿に心を奪われていた。
「アネット嬢」
「なんと可憐な……」
(演技なのだけれど、従者たちは気づいていないわね)
ダリウスも彼女の演技に庇護欲が掻き立てられるのかどうか顔を覗き込んだ。一ミリも心動かされていないというか心底引いている。
(ダリウスが本気で引いている姿、初めて見たわ。……これはこれで新鮮ね)
「レイエス譲。この程度のことで泣くようでは、人の上に立つような役職は難しい。その観点からみても皇太后にふさわしくないうえ、見ていて不愉快だ。カイル、彼女には早々に帝都に戻ってもらえ」
「畏まりました」
カイルは素早く扉の外から衛兵たちを呼びつけて、玉座の間から追い出す。
「え、ちょっ……陛下!? お待ちください! 私のお話を!」
予想以上の投げ捨てられた言葉にアネットとその付き人たちは、すぐさま玉座の間から強制的に退出させられた。残る婚約者候補者の三人は「退去しろ」といわれているにもかかわらず留まっている。
(やっぱり、すんなり引き下がらないわね)
真っ先に動いたのは緑の髪のカーラだ。彼女は私を睨みつけ手袋を脱ぎ出す。騎士道精神に則って私に一騎打ちでもするつもりだろうか。
「龍神族であろうと、私と一騎打ちの戦いを」
「いいわよ」
ふわりと、私は彼女の前に佇む。
舞うように一瞬で玉座から移動する。
「!?」
私が間合いに入ったことにカーラが気づくまで数秒。その間に彼女の左太ももに隠し持っていた短剣を回収する。傍目からはカーラのドレスが僅かに舞ったぐらいには見えなかっただろう。
(この動きにクリスティとキャロルが一瞬身構えた?)
もしかしたらカーラよりも、この二人の方が腕が立つのかもしれない。ひとまず私は手にしたナイフに視線を落とす。
十センチ前後の仕込みナイフ。素材はミスリルだろうか。装飾があまりなく手になじむ。多少腕に覚えがあるのだろうか。もっとも彼女が暗殺者ならあまりにもお粗末だ。
カーラの顔が青ざめていく。だが私の中で湧き上がる怒りは抑えられそうにない。
「玉座の間には入る前に、武器の類は衛兵たちに預けてもらっているはずなのだけれど?」
「そ……れは……」
「謀反でも起こすつもりだったのかしら?」
「ちがっ……!」
私は「それとも私の実力を知りたかったから?」と、にっこりと微笑みながら訪ねた。口角を吊り上げていたから、なんとか笑っているように見えただろう。口元だけは。
(ダリウスに刃を向けようとするなんて、一発殴ってやろうかしら?)
「……ひっ!?」
喉から出た小さな悲鳴。
彼女は何を敵に回したのか、ようやく気付いたのだろう。
「こんなオモチャで私と戦うなら、骨の一本や二本覚悟しているのよね?」
ミスリルのナイフを両手でへし折った。これで戦意喪失してくれればいいのだけれど。
「あ……ああ! ば、化物」
「失礼ね。私が龍神族だというのはダリウスが言ったでしょう」
「……!」
カーラは膝を屈して泣き出してしまった。やりすぎてしまった感は否めないが、刃物を持ち込んだ彼女が悪い。
(化物、……ね)
久しぶりに聞いたフレーズだ。こういう人間は居る。この城砦のみなが変わっているだけなのだと私は理解する。カーラとその付き人たちはカイルが退去させた。もちろん刃物の件について言及するだろう。
黒髪の少女は「帰れと言われても……もうどこに行けば……」とブツブツ呟いている。こちらの子は他の三人と事情が違うのだろう。行く当てもないのならこの城砦で雇うか、必要な金銭を渡してあげるべきか。そう悩んでいるとキャロルの顔色が急に悪くなったことに気づいた。
周囲に目を配ると付き人を含めた何人かの者たちも同様に顔が真っ青だ。今にも貧血で倒れそうではないか。一体何が起こったのか。
「ユヅキ」
(ダリウスから離れすぎた。というかなんで魔導具をつけていないのよ!?)
「戯れはそこまででいいだろう」
場を仕切り直しするために、わざと魔力の放出を強めたのだろう。私は軽やかに身を翻す。
「ええ、そうね」
ダリウスの傍に歩み寄ると、彼は流れるような動作で私を抱き寄せる。あっという間に元の位置に戻った。それと同時に顔色の悪かった者たちの表情が和らいだ。
みな私の存在が、ダリウスの体質を中和しているのだと気づいただろう。クリスティの笑みが分かりやすく引きつる。彼女がオズワルド家ならば魔導具という交渉材料があると思っているのだろう。ダリウスにとって魔道具の存在は必要不可欠だった。だが私の存在の登場によって、オズワルド家の魔導具の価値を一気に暴落させた。
「オズワルド令嬢、ポウエル令嬢。二人にもお引き取り願おう」
「しかし閣下。それでしたら今後、貴方様に必要な魔導具が手に入らなくなります。お困りになるのではないのですか? いくら貴方様の体質を無効化する人物がいたとしても、これから先オズワルド家との取引を帳消しにしてもよろしいのですか?」
(今までそうやって脅してきたわけか)
私が納得していると、ダリウスは抱きしめる力を少しばかり強めた。彼が感情的に、それも攻撃的な目を向ける。
「今後は俺の魔力を中和する妻が傍に居れば、その問題も解決する。それに魔導具ならば、ユヅキも素晴らしいものを作ってくれるのだからな」
(どさくさに紛れてキスするのはやめて欲しいのだけれど……。ニ、ニヤけてしまうわ)
クリスティの言葉を一蹴しイチャイチャしているように見えるだろう。侍女長のアイディアで「仲睦まじい姿を見せつける作戦」なのだが、ダリウスは完全に今の状況を楽しんでいる。
「わ、私の魔導具を超える物があるなんて、そんなのありえませんわ! だいたい証拠がどこにあるというのですか!?」
井の中の蛙大海を知らず、母様の故郷の言葉を思い出す。もしかしたらオズワルド家の魔導具作りは、皇国イルテアで右に出るものがいなかったのかもしれない。だがそれはあくまでこの国の、この時代の話だ。
「だが事実だ。現に」
「ダリウス。ここで魔導具が出来上がるのを見てもらえば、クリスティ様も納得されるのではないですか?」
私の提案にキャロルと付き人たちは驚いた。クリスティも一瞬目を開いたが、すぐに気丈な態度に出る。
「こんな工房でもない場所で出来る訳が──」
「確かに工房あれば加工や精製において精度は増すでしょうね」
「でしょう。なら」
「でも、熟練度があれば構築、魔術回路」
兜だけではなく甲冑を解除すると、彼の熱い眼差しが私を射抜く。
「さあ、ユヅキ」
「言われなくとも」と、思いながら私は彼の差し出した手を取る。本当にずるい。そう思いながらも彼に導かれて、婚約者候補たちと対面する。
四人とも私の姿を見た瞬間、目を見張った。それもそうだろう。妻と呼ぶものが「人」ではないのだから。令嬢たちの付き人たちも、ダリウスの変わりように驚いているのだろう。ざわめきが波紋を広げて大きくなっていく。
「彼女が俺のたった一人の妻となる、龍神族の姫。ユヅキ=カミナだ」
「お初にお目にかかります。天界から降り立った際、傷ついた私に手を差し伸べてくださったのがダリウスだったのです」
これは元々そういったセリフだが私は思いを込めて語る。胸に積もる感情は本物だから。だからこそ説得力というものは生まれるのだ。ダリウスはそのまま玉座に座ると、私を抱き寄せていつものように膝の上に乗せる。周囲が見るからにざわついた。
けれども、カイルや控えている侍女長たちは澄ましたものだ。私もこの体勢も慣れっこだった。これだけでもダリウスの寵愛を受けているというのが分かるだろう。だがダリウスは悪戯を思いついた子供のように無邪気な顔で、私の額、鼻、頬に口付けをする。
(か、完全にこの場を楽しんでいる。魔力を通してダリウスが演技じゃないっていうのが一番恥ずかしいのだけれど!)
今にも許容量がパンクしそうになるが私は堪えた。ここは皇太后としての務めを果たす所だ。期待に応えるため勇気を振り絞って、ダリウスの頬にキスを落とす。
「!?」
出血大サービスのつもりだったのだが、これがいけなかった。ダリウスは婚約者候補たちを無視して、キスの雨を降らせる。
普段から私がキスをすることなんて殆どない。ダリウスが寝ているときはノーカンだと私は自分に釈明する。とまあ脳内で抵抗を見せるものの、ダリウスを好きだという気持ちを隠すのは無理があった。それぐらい私の中でダリウスを受け入れつつある。
「ごほん、閣下! 謁見の場ですので、し──いえ、そういったことは、別室でお願いします」
「ふん」
言葉をかけるカイルにダリウスは、あからさまに不機嫌そうに顔を顰めた。私は心の中でカイルに感謝をした。ちらりと令嬢たちに視線を向けると、反応はそれぞれだった。
「見ての通り俺の妻は彼女だけだ。側室を設ける気もない。その旨を現皇帝にも伝えたのだが、お前たちへの連絡が入れ違いになってしまったようだ」
(うんうん、そういうシナリオだったわね。本当にシナリオよね? いやでも、私がダリウスを好きになるってことは……)
そう皇太后。その責務を全うする立場になる。兄様とは異なるけれど、それでも地位や立場を得ること。ダリウスを思う気持ちにストップがかかるのは、これがあるからだ。知らない間に兄様と同じ未来になるのではないか──。
頭で違うと思っても、完全に否定はできなかった。
(……って、今は皇太后としてダリウスの役に立たないと)
「話はこれで終わりとする。みな下がっていいぞ」
「閣下、そんな……。私は……ずっと貴方様のことが……っ」
そう言って茶色の髪の少女アネットは、その場に崩れ落ち「よよっ」と泣き始めたではないか。彼女の従者たちは、その姿に心を奪われていた。
「アネット嬢」
「なんと可憐な……」
(演技なのだけれど、従者たちは気づいていないわね)
ダリウスも彼女の演技に庇護欲が掻き立てられるのかどうか顔を覗き込んだ。一ミリも心動かされていないというか心底引いている。
(ダリウスが本気で引いている姿、初めて見たわ。……これはこれで新鮮ね)
「レイエス譲。この程度のことで泣くようでは、人の上に立つような役職は難しい。その観点からみても皇太后にふさわしくないうえ、見ていて不愉快だ。カイル、彼女には早々に帝都に戻ってもらえ」
「畏まりました」
カイルは素早く扉の外から衛兵たちを呼びつけて、玉座の間から追い出す。
「え、ちょっ……陛下!? お待ちください! 私のお話を!」
予想以上の投げ捨てられた言葉にアネットとその付き人たちは、すぐさま玉座の間から強制的に退出させられた。残る婚約者候補者の三人は「退去しろ」といわれているにもかかわらず留まっている。
(やっぱり、すんなり引き下がらないわね)
真っ先に動いたのは緑の髪のカーラだ。彼女は私を睨みつけ手袋を脱ぎ出す。騎士道精神に則って私に一騎打ちでもするつもりだろうか。
「龍神族であろうと、私と一騎打ちの戦いを」
「いいわよ」
ふわりと、私は彼女の前に佇む。
舞うように一瞬で玉座から移動する。
「!?」
私が間合いに入ったことにカーラが気づくまで数秒。その間に彼女の左太ももに隠し持っていた短剣を回収する。傍目からはカーラのドレスが僅かに舞ったぐらいには見えなかっただろう。
(この動きにクリスティとキャロルが一瞬身構えた?)
もしかしたらカーラよりも、この二人の方が腕が立つのかもしれない。ひとまず私は手にしたナイフに視線を落とす。
十センチ前後の仕込みナイフ。素材はミスリルだろうか。装飾があまりなく手になじむ。多少腕に覚えがあるのだろうか。もっとも彼女が暗殺者ならあまりにもお粗末だ。
カーラの顔が青ざめていく。だが私の中で湧き上がる怒りは抑えられそうにない。
「玉座の間には入る前に、武器の類は衛兵たちに預けてもらっているはずなのだけれど?」
「そ……れは……」
「謀反でも起こすつもりだったのかしら?」
「ちがっ……!」
私は「それとも私の実力を知りたかったから?」と、にっこりと微笑みながら訪ねた。口角を吊り上げていたから、なんとか笑っているように見えただろう。口元だけは。
(ダリウスに刃を向けようとするなんて、一発殴ってやろうかしら?)
「……ひっ!?」
喉から出た小さな悲鳴。
彼女は何を敵に回したのか、ようやく気付いたのだろう。
「こんなオモチャで私と戦うなら、骨の一本や二本覚悟しているのよね?」
ミスリルのナイフを両手でへし折った。これで戦意喪失してくれればいいのだけれど。
「あ……ああ! ば、化物」
「失礼ね。私が龍神族だというのはダリウスが言ったでしょう」
「……!」
カーラは膝を屈して泣き出してしまった。やりすぎてしまった感は否めないが、刃物を持ち込んだ彼女が悪い。
(化物、……ね)
久しぶりに聞いたフレーズだ。こういう人間は居る。この城砦のみなが変わっているだけなのだと私は理解する。カーラとその付き人たちはカイルが退去させた。もちろん刃物の件について言及するだろう。
黒髪の少女は「帰れと言われても……もうどこに行けば……」とブツブツ呟いている。こちらの子は他の三人と事情が違うのだろう。行く当てもないのならこの城砦で雇うか、必要な金銭を渡してあげるべきか。そう悩んでいるとキャロルの顔色が急に悪くなったことに気づいた。
周囲に目を配ると付き人を含めた何人かの者たちも同様に顔が真っ青だ。今にも貧血で倒れそうではないか。一体何が起こったのか。
「ユヅキ」
(ダリウスから離れすぎた。というかなんで魔導具をつけていないのよ!?)
「戯れはそこまででいいだろう」
場を仕切り直しするために、わざと魔力の放出を強めたのだろう。私は軽やかに身を翻す。
「ええ、そうね」
ダリウスの傍に歩み寄ると、彼は流れるような動作で私を抱き寄せる。あっという間に元の位置に戻った。それと同時に顔色の悪かった者たちの表情が和らいだ。
みな私の存在が、ダリウスの体質を中和しているのだと気づいただろう。クリスティの笑みが分かりやすく引きつる。彼女がオズワルド家ならば魔導具という交渉材料があると思っているのだろう。ダリウスにとって魔道具の存在は必要不可欠だった。だが私の存在の登場によって、オズワルド家の魔導具の価値を一気に暴落させた。
「オズワルド令嬢、ポウエル令嬢。二人にもお引き取り願おう」
「しかし閣下。それでしたら今後、貴方様に必要な魔導具が手に入らなくなります。お困りになるのではないのですか? いくら貴方様の体質を無効化する人物がいたとしても、これから先オズワルド家との取引を帳消しにしてもよろしいのですか?」
(今までそうやって脅してきたわけか)
私が納得していると、ダリウスは抱きしめる力を少しばかり強めた。彼が感情的に、それも攻撃的な目を向ける。
「今後は俺の魔力を中和する妻が傍に居れば、その問題も解決する。それに魔導具ならば、ユヅキも素晴らしいものを作ってくれるのだからな」
(どさくさに紛れてキスするのはやめて欲しいのだけれど……。ニ、ニヤけてしまうわ)
クリスティの言葉を一蹴しイチャイチャしているように見えるだろう。侍女長のアイディアで「仲睦まじい姿を見せつける作戦」なのだが、ダリウスは完全に今の状況を楽しんでいる。
「わ、私の魔導具を超える物があるなんて、そんなのありえませんわ! だいたい証拠がどこにあるというのですか!?」
井の中の蛙大海を知らず、母様の故郷の言葉を思い出す。もしかしたらオズワルド家の魔導具作りは、皇国イルテアで右に出るものがいなかったのかもしれない。だがそれはあくまでこの国の、この時代の話だ。
「だが事実だ。現に」
「ダリウス。ここで魔導具が出来上がるのを見てもらえば、クリスティ様も納得されるのではないですか?」
私の提案にキャロルと付き人たちは驚いた。クリスティも一瞬目を開いたが、すぐに気丈な態度に出る。
「こんな工房でもない場所で出来る訳が──」
「確かに工房あれば加工や精製において精度は増すでしょうね」
「でしょう。なら」
「でも、熟練度があれば構築、魔術回路」