夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

3


 南川は大腿骨頸部骨折と診断された。病室に入ってすぐ櫓(やぐら)が組まれたベッドに移し替えられ、樫井により折れた方の足を牽引する処置が施された。

 泣きそうな、或いは泣いていたかもしれない菜胡を抱きしめて落ち着かせた頃、大原が一旦外来へ戻ってきた。だが、南川の着替えなどを取りに帰ったり彼の親戚に連絡を取るなど忙しく動いて午後が過ぎた。

「由雄さんと大原さんはご近所さんなんです。遠くの親戚よりも身内のように頼ってる部分もありました」
  大原が結婚して今の家に引越した時から、南川は隣人だったらしい。子が生まれれば孫のように可愛がってくれ、他人なのに身近な存在だから一人暮らしになった南川を大原は何かと気に掛けていたのだという。

 その日の夜、遠方の親戚がやって来た。軽く面会をしたが、牽引をして痛みが和らいでいる南川は眠っていた。翌日、外来が始まるより前に親戚等をカンファレンスルームに集め、樫井から今後の治療方針と現在の状態について説明がなされた。
 折れている部分に人工股関節を入れること、術後は安静の後にリハビリを行なって、杖を使ってでも自力歩行まで目指すという話で、彼らの承諾を得て、手術は翌週に決まった。

*  *  *

 南川の手術は無事に終わり、リハビリが始まって二週間ほど経った頃だった。

 しばらく菜胡を抱きしめていない欲求不満から、二人きりになるにはどうしたらいいかを棚原は真剣に考え始めた。医局で学会の資料作りをしていてもつい考えてしまう。外来が終わっても大原がいるし、菜胡も仕事が残っていれば忙しく動いている。いっその事、院外に呼び出してしまうか……。

 ――ああ、俺は中学生か?! 菜胡に好きだと言えばいいだけなのに……でも菜胡に拒絶されたら嫌だ生きていけない……菜胡が足りない……。

 一人妄想に耽っていたら、背後が騒がしくなった。同時に不快な声が聞こえた。

「棚原せんせぇ、ここに居たぁ。昼休憩一緒に如何ですかぁ?」
 あいつが、奇妙なシナを作って医局の入り口に立っていた。身の毛がよだつ。

「何故?」
「何故ってぇ、休憩は疲れを取るものでしょぉ、癒してあげますけどぉ」
 癒しなら菜胡以外に考えられない。

「断る」
 棚原の一番嫌いなタイプの女だ。名前は知らないが病棟の看護師で、菜胡と向かい合わせて座っているのを見かけたことがある。断っているのに引き下がらない様子が、却って薄気味悪い。

「日本語わかるか? 断ると言っている」
「怖ぁい、またあとで来まぁす」
 去り際も鬱陶しい。去っていく彼女の背中を睨め付けてため息をついた。

「棚原先生、彼女気をつけてください、しつこいですから」
 離れた席の外科医が教えてくれた。気に入った医師ができるとああして付きまとうのだと。

「あいつ何なんですか?」
「重症病棟の浅川というナースですよ、前に整形外来にいたんです、彼女」
 だからあの朝、菜胡といたのか。面識があったわけか……。
 
「なぜあんなスタッフを放置しているんです?」
 外科医に愚痴っても仕方ないとはわかりつつも、つい言ってしまう。

「彼女、あんなですけど現場では頼りになるんですよ、機転が利くし物怖じもしないから、対応の難しい患者は彼女のお得意だし、緊急時は頼りになりますよ。だから誰も何も言えない。まあどこかできちんと言わないといけませんよね、綱紀が乱れたままなのは良くない。師長に話してはあるんですがね」

 ――なまじ使えるだけに簡単には切れないわけか……菜胡に悪さしなければいい。

 だが浅川はまた来ると言っていた。病棟へ行けば浅川がいるかも知れないし、ここにずっと居るのもまた相手しなければならなくなる。どこか静かに資料作りができて、菜胡の事を考えられるところ……思いつくところは一つしかなかった。

 
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