恋と、餃子と、年下男子
 激しく動揺した。
 
 ——好きなんだ、萌子さんのこと。
 ——僕が、萌子さんのそばにいるから。
 
 圭人の声が、まだ耳に残っている。
 子供みたいだといつも思っていたのに、さっきの圭人の表情は真剣で、声は甘くて、言葉は熱っぽかった。
 本当は、嬉しかった。泣きそうだった。私なんかのことを好きになってくれた、その事実がたまらなく嬉しかった。あんな風に真っ直ぐ、想いを伝えられたのは初めてだ。せめて、私があと十年くらい若ければ、素直に応えられたのかもしれない。十二歳差の壁は、圭人が思っている以上に厚いのだ。今は良くても、きっといつか彼もそれに気がつくだろう。どうしたって、埋めることのできない溝は存在する。だから、これで良かったんだ、と自分に言い聞かせるしかない。
 
「ていうか、帰んなきゃ……」

 勢いで飛び出してきちゃったけど、圭人のことだ。きっと心配しているだろう。何事もなかったような顔をして、家に帰ろう。大丈夫、私ならできる。だって私は、もう子供じゃないんだから。
 
 マンションへ戻り、部屋へと入る。
「ただいまー」
 うん。自然な声色。いい感じ。
 おかえり萌子さん、といつもなら聞こえてくるはずの声が、どういうわけか聞こえてこない。キッチンにも姿がない。エプロンはきちんと壁に掛けられたままだ。
「圭人? いないの?」
 寝室も、洗面所も、トイレも。さっきまで一緒にいたベランダも覗いて見たけれど、圭人の姿はどこにもなかった。

「圭人……?」
 
 その姿はもう、どこにもなかった。
 連絡をしようとスマートフォンを取り出したものの、はたと気付いてしまった。
 私は、山田圭人の連絡先を知らなかったのだ。
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