恋をするのに理由はいらない
 無視しようと黙っていたが、颯太はそのまま調子よく喋りだす。

「だってさ、6月終わりは死にそうな顔してたのに、今はどう? 肌ツヤ良くなった上に週末は毎週外泊。これが女じゃなきゃ何だって言うのさ」
「そう言えばいち兄、最近機嫌良いよねぇ。それに休みには全然家に帰ってこないし」

 当事者を放置して会話する弟たちに、俺は目を瞑ったまま返す。

「だからなんだよ。別に今までだってそれくらいいただろうが」

 いくら澪に片想いをしたと言っても、好きな芸能人がいるからと言って交際相手がいないわけじゃないのと同じで、そういう相手はいた。ただ、その芸能人が身近な存在になってからはそんな気は起こらなかったが。

「まぁね。いたね。兄貴があんまりにも放置するから俺に代わりをしろって言ってきた女とか」

 そんな話を振られ、そういやそんなヤツがいたなと不快になり眉がピクリと動く。

「けどさ、今度の相手は違うだろ? 兄貴のほうが入れ込んでんの丸わかり!」

 颯太は運転しながら笑っている。こっちは全く楽しくない。颯太がどこまで察しているのかはわからないが、黙っているほうが身のためだ。

「ふぅん。そうなんだ。よくわかるね、ふう兄は」

 そんなら俺と颯太には中身が全く似ていない実樹の、ふんわりとした声が聞こえてきた。
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