恋をするのに理由はいらない
 結局、伝えようとしていた話ができたのは、翌日夕方になってからだった。

「これが……仕事になる、の?」

 紙の資料に目を通した澪は、そこに視線を落としたまま呟いた。

「ま、今やってることとそう変わらねぇし、そう思うのも無理はないだろうな。だからこそローモデルの資料を付けたんだ」

 澪は何枚かの資料をめくり、熱心にそれを読んでいた。こんな顔を見ると、ソレイユで打ち合わせをしていたときを思い出す。

「で、ここからが俺からの提案」

 澪がそれを読み終わるころ、俺は切り出す。澪は黙って顔をあげ、真剣な表情を見せた。

「まずは、トライアル期間。1か月間で採算が取れるか試して欲しい。顧客は、創一と俺。つうか、俺の家。弟たちの分も増えるから、今までより分量は増える」

 俺の話を聞いて、澪はまた資料に目を落とした。

 俺が澪に提案した仕事。それは、料理代行サービス。ネットの情報では忙しい共働きの家庭や高齢者だけの世帯にニーズがあるらしい。
 
「ただ、これからは商売として成り立つような価格設定と収支報告が必要だな。あと、契約書も」
「そこまで?」
「当たり前だ。じゃなきゃ枚田社長も納得しないだろ? あとは、他にも数人、顧客が欲しいがそれは追々だな」

 俺が言うのを、澪は唖然としたような顔で眺めていた。

「何? なんか変だったか?」

 訝しげに尋ねると、澪はおずおずと口を開いた。

「改めて思ったけど……。やっぱり一矢って仕事ができる男なんだなって」
「あのな……。これでも俺、若手で一番出世してんだけど?」

 溜め息を吐きながら言うと、俺は続けた。

「社長令嬢の相手がただの平社員じゃ格好つかないだろ? 俺はもっと上目指すからな?」

 そう言って俺は笑った。
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