恋をするのに理由はいらない
 数十秒間、私はただ驚いて何も言えなかった。そんな私に、一矢は膝をついたまま表情を曇らせた。

「もしかして……、嫌だったか……?」
「ちっ、違うから! ただビックリと言うか……。まだまだ先の話だと思ってて」

 慌てて返すと、呆れたように息を吐き立ち上がった。

「俺、最初から一生離さねぇって言ったけど、やっぱスルーされてたよな」

 そう言えば、最初に告白されたときそんなことを言っていた気がする。あのときはもうパニック状態で、それが結婚を意味しているなんて考えもしなかった。

「その……。してた。けど……」

 ようやくじわじわと実感が湧いてくる。私は、私を大事にしてくれるこの人と、この先もずっと一緒にいてもいいんだって。

 まだ手のひらに箱を乗せたままの一矢の手を取ると、その顔を見上げる。

「一矢。あの……。これからもずっと、私の作ったご飯を食べてください」

 あまり可愛いとは言えない返し。でも、私の思い描いていた未来は、私の作ったものを笑顔で食べてくれるその顔を、ずっと間近で見ることだった。

 ようやくホッとしたように表情を和らげると、一矢は箱から中身を取り出した。

「俺のほうこそ。これからもずっと、美味い飯食わせてくれよな?」

 私の左手を取り、一矢は薬指にゆっくりと指を嵌めてくれた。普段アクセサリーをするほうではないから、これが初めての指輪だ。いつの間にサイズを測ったんだろう? って言うくらいに、それはぴったりと指に収まった。

「勝手に選んじまって悪かったな。どうしても驚かせたくて」
「ううん? 凄く素敵。ありがとう」

 こうして指輪を贈ってくれたこと以上に、きっと一矢は私のために一生懸命考えて選んでくれたのだと思う。それだけで、この上なく幸せな気持ちになっていた。
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