恋をするのに理由はいらない
「あ、澪さーん!」

 個人練習のあとロッカーに向かう私に、廊下の向こう側から手を振るのは、松下(まつした)(もえ)
 この2つ下の、高校からの後輩が『澪さんを追いかけてきました!』と私の所属するチーム『旭河(あさひかわ)ソレイユ』に入団したのはもう7年前のこと。今では、知名度NO.1のエースアタッカーとしてチームを支えている存在だ。

「どうしたの?」
「一矢さんが探してましたよ?」

 私より10センチは高い身長に、恵まれた体格。それに似合わない、と言ってしまえば失礼な話だけど、とても可愛らしい、年齢より少し幼く見える顔を私に向け萌はそう言った。

「そう。いったい今度は何かしらね?」
「なんか、異動してきた偉い人を紹介したいって」
「わかった。事務所よね? 行ってくる」

 4月に入ったばかりの今の時期。そういえばそんな季節だ。
 萌と別れ、先にロッカールームに向かうと、私は手早く練習着から新しいジャージに着替える。

 なんで練習終わった直後に来るのよ……

 さすがにシャワーを浴びている時間はないだろう。ボサボサになっていた髪の毛だけ梳かして、デオドラントスプレーを体に振りかけた。

 自分が顔を出さない限り、帰らないことはわかっている。だから、身だしなみを整える時間くらい大目に見てよね?
 そんなことを思いながら、私は事務所に急いだ。
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