恋をするのに理由はいらない
「その後連絡は⁈」

 事務所に飛び込むなり尋ねる。そこにいたのは、青い顔をしたクラブハウスの事務員だけ。時間的にまだ練習は終わっておらず、他の選手たちには知らされていないようだった。

「今、戸田トレーナーが病院に行っています。まだ精密検査を受けているところだと」
「そう、ですか……」

 その場にあった椅子にどかっと腰をかけると、大きく息を吐き出す。さっきまで呼吸をすることを忘れていたように息が苦しい。
 どれくらい経っただろう。電話が鳴った。
 それに応えた事務員はただ「はい。はい」と相槌を打っている。ただ、聞かされている内容は、良いものではないらしい。その声は震えていた。

「朝木さん。戸田トレーナーが代わって欲しいそうです」

 俺はその電話を受け取ると「朝木です」と出た。

『……朝木君。今から本社にも動いてもらうことになりそうだ』

深呼吸するような気配がして戸田さんは続ける。

『澪の診断は、右アキレス腱断裂。今期全日本メンバー入りはできないだろう。チームへの復帰も、早くて半年。ただし、試合に出られるようになるには、それ以上かかると思われる』

 全身から血が流れ出ていく。そんな感覚を覚えながら、俺はそれを聞いていた。
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