恋をするのに理由はいらない
 ソファの前にある小さなガラステーブル。その上に置かれたスマホが音を立てて震え出す。

「ちょっ……と……待って……」

 言っても仕方のない言葉を吐き出しながら必死で指を伸ばす。今動かせるのは腕だけだ。なんとか手繰り寄せると、電話に出た。

『俺だ。……一矢はどうしてる?』

 創はいきなり本題に入る。確かにあれから時間は経っていて、そろそろ寝たいはずだ。

「それが……寝ちゃって……」

 私が小声で答えると、創から訝しげに『寝た?』と返ってきた。

「ちっ、違うから! 変な意味じゃなくて。話ししてたら急に眠いって言い出してそのまま……」

 私の膝枕で寝てる、とはさすがに言えず言葉を濁しながら答える。

『ここのところ仕事が忙しかったみたいだな。一矢、あまり食べてなかったらしい。見ればわかるだろ? そのやつれっぷり』

 呆れたように息を吐く気配が電話の向こうから聞こえる。創の言う通り、私も驚いたのだ。一矢がこの数ヶ月の間にかなり痩せてしまっていたことに。

「うん……。そうだね。自分でも言ってた」
『それだけじゃなさそうだがな。それは澪が塞ぎ込んでた理由と同じじゃないのか?』

 創はそんなことを言い出す。違う、とは言い切れず私は押し黙った。
< 59 / 170 >

この作品をシェア

pagetop