【コミカライズ決定】王太子妃候補クララの恋愛事情~政略結婚なんてお断りします~
「違います!わたし、そんなの知りませ……っ」

「とぼけても無駄だ!現にこの私が大臣の職を追われたのがその証拠!そこまでして王太子妃になりたいのか!?父親の地位を守りたいのか!?こんな性悪女のために、私は……!」


 スチュアート伯爵は口を荒げながら、クララに向かって思い切り手を振り上げた。

 駆けつけた騎士たちが、クララと伯爵を引き剥がそうとしている。けれど伯爵がそれを許さない。

 拳が真っ白になるほど、力を込めて掴まれた胸倉。クララの踵が宙に浮く。呼吸だって苦しくなった。

 恐怖とパニックのためだろうか。音という音がうまく聞こえない。まるで時が止まってしまったかのように、周囲がゆっくりとコマ送りに見える。


(やだ!)


 ヒュッと風を切る音だけが、やけに大きく耳に届く。ゴツイ大きな石の嵌まった指輪でコーティングされた拳が、騎士たちの間をすり抜けて、すぐ目の前に迫っている。クララは思わずギュッと目を瞑った。


(…………あれ?)


 待てど暮らせど、痛みは襲ってこない。怖くて目も開けられぬまま、クララはブルブルと身体を震わせる。

 その時、クララの頭を温かな何かが掠めた。それは、ゆっくりと宥めるように、少しずつ触れ合う面積を増やしていく。
 この温もりの正体を、クララは知っていた。

 それと同時に、心を蝕んでいた恐怖も、あっという間に消えていくのが分かる。


「遅くなって悪かった」


 久方ぶりに聞く声。怒っているのだろうか。いつものように穏やかで優しい声ではない。けれど、クララはとても嬉しかった。


「コーエン」


 クララの瞳に涙が滲んだ。
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