【電子書籍化】婚約破棄された伯爵令嬢ですが隣国で魔導具鑑定士としてみんなから愛されています~ただし一人だけ溺愛してくる~
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 灰色の雲の動きが速い。もしかしたら、嵐になるのかもしれない。
 ロード伯爵は、執務用の重厚な机の前に座っていた。落ち着いて仕事ができるようにと、落ち着いた色合いで統一されている執務室。この執務席の前には、部屋に馴染む木目調のテーブルと革製のソファが置かれている。仕事の合間に、ここで妻や子供たちとお茶を嗜むのが、この伯爵のささやかな楽しみであり、そろそろ楽しみな時間がやってくるわけなのだが。

「はぁ」

 ロード伯爵は、大きく息を吐いた。その瞬間、机の上の一枚の書類がふわっと浮かび上がったため、慌てて手で押さえる。ダークブラウンの髪に少し白が紛れてきたことが少々悩みの種だが、それよりもまだ三十代前半にしか見えない威厳のない顔の造形の方が悩みだった。
 そこにもう一つ、悩みが増えた。それが先ほど届いたこの書類。

 カタカタと風が窓を叩き始めた。どうやら、風も出てきたようだ。嵐になる前に工場(こうば)で働く者たちを帰宅させた方が良いだろう。
 ロード伯爵はベルをチリリンと鳴らして、執事を呼ぶと「今日の天候は不安定だから、工場(こうば)の者を帰すように」と告げる。工場はこの屋敷からほんの少しだけ離れた――歩いて五分のところにあるため、あと三十分もすれば、工場の者たちは全ていなくなることだろう。

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