初恋の記憶〜専務、そろそろその溺愛をやめてくださいっ!〜
「…どうしたの?」
突然聞こえたわたしの声にハッと反射的に男の人は顔を上げた。
「っっ、」
向こうもビックリして声が出ないみたいだけど、わたしもわたしで一瞬息が止まった。
「…泣いて、いるの…?」
そう、彼はその頬を涙で濡らしていたのだ。
その人は真っ黒なスーツに黒い靴に黒いネクタイ姿で、ワイシャツ以外真っ黒だった。
そして、10歳のわたしでも分かるぐらいにとても整った顔立ちをしていた。
けれど今はその綺麗な顔を苦しげに歪ませている。
わたしはただ茫然とその場に立ち尽くすことで精一杯だった。
するとその人は、わたしの存在をなかったことにするようにまたうなだれ始めた。
「っ、」
泣かないでっ。わたしの存在をあなたまでなかったことにしないでっ。
咄嗟にスカートのポケットに手を突っ込んでクシャクシャ皺(しわ)だらけのピンクの花柄のハンカチを勢い良く彼の前に突き出して、
「こっ、これ…っ!」
緊張でハンカチを差し出している手が震え出した。