龍神様の贄乙女
「本当に……もう帰れるあてはないのか?」

 ややして、自分のすぐそばにひざをつく気配がして。

 逞しい腕でふわりと抱き起こされた山女(やまめ)は、そのまま横抱きに抱え上げられて間近。男に見下ろされる。

「……はい」

 至近距離から仰ぎ見た男の顔は、思わず息を呑んでしまうほどに整っていて、この上なく神々しかった。
 年の頃は山女より(とお)ばかり上に見えたが、彼が神龍であることを思えば、実際の年齢は分からない。
 そうして、今まで山女が見てきたどんな男たちよりも凛々しく力強い上、優しさに満ち溢れていて頼り甲斐があるように思えた。

 それでだろうか。
 こんな状況なのに胸の奥がほわりと温かくなって、全身が熱を持ったのは。
 山女は父親のことは余り覚えていないけれど、自分を心底心配して守ってくれる大人の男性と言うのは、存外彼のような感じなのかも知れない。

「そうか。ならば俺がお前を一人前になれるまでの間だけ面倒見てやろう。ただし――」

 そこまで言うと、男は腕に抱いたままの山女からふいっと目を逸らして、ほんの一瞬だけ(くら)い目をする。

「お前が一人でやっていけると判断したら、俺は今度こそお前をここから追い出す。その時は元の里に戻るなり、別の里に混ざるなり好きにしろ。――良いな?」

 言われて、山女はわけも分からずコクコクと(うなず)いた。

 今すぐ追い払われてしまうのでなければいい。
 そう思いながら――。
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