龍神様の贄乙女
「私は……生贄として主様に嫁いで参りました。帰れる家などもう何処にもありません」

 ごつごつとした砂利の上はひざを折るには痛かったし、折角の白無垢が汚れてしまうけれどそんなことを言っていられる場合ではない。

 山女(やまめ)はその場で里長に教えられた通り丁寧に三つ指をつくと、眼前の男に深々と頭を下げて懇願した。

「煮るなり焼くなり主様のお好きになさって下さい。元より覚悟は出来ています。ですので……どうか後生でございます。『帰れ』などと無体な事だけは言わないで下さい」

 うつむいて、綿帽子を被ったままの(ひたい)を地面に擦り付けるようにしてお願いしたら、不安に押しつぶされそうで涙が次から次にポロポロこぼれて地面を濡らした。

 ここまで言って、それでもなお突っぱねられてしまったら、年端の行かない山女にはもうどうしたら良いのか分からない。

 一人で生きていくにはその(すべ)を余りにも知らなさ過ぎるし、自害しようにもそんな意気地は持てそうになかった。
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