龍神様の贄乙女
(2)祠の先
 男は自分のことを〝(しん)〟と名乗った。〝(たつ)〟と書いてそう読むらしい。

 名前からして龍神様らしいなと思った山女に、「主様(ぬしさま)と呼ばれるのは馴染みがなくて敵わん」とぶっきら棒に付け足した辰の横顔は、やけに人間臭く見えて。

 名前からのイメージとは裏腹。龍神らしさから少し遠ざかって感じられたその雰囲気に、山女(やまめ)はやっとガチガチに張っていた肩の力を抜くことが出来た。

 龍神様にも自分たちのようにちゃんと個々の名があるのだと知った山女は、そのことを自分に言い聞かせるみたいに「辰様(しんさま)」とつぶやいてみる。

 それと同時、「お前は?」と聞かれて。
 そこで初めて自分がまだ辰に名を告げていなかったことに気が付いて、おずおずと「山女です」と答えた。

「ヤマメ? それは……もしかして魚の名と同じ山女か?」

 辰に、如何にも意外だと言った表情で目を丸くされた山女は、にわかに恥ずかしくなる。

「……はい。流行り病で亡くなった父様(ととさま)の好物が山女だったそうで」

 消え入りそうな声でゴニョゴニョと益体もない由来を話したら、しばし沈黙が落ちて。
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