龍神様の贄乙女
 (しん)が観音開きの格子状の枠組み扉――定規縁付き扉――を開けた途端、一陣の風が吹き抜けて。

 粗末な祠前(ほこらまえ)に立っていたはずの山女(やまめ)は、いつの間にか白木の床板が縦横へ十メートル(30尺以上)ほど伸びる広い空間の土間に立っていた。

 奥手から三分の一ばかりが、まるで張り替えたての様に青々とした畳張りになっていて、木材の香りに混ざって真新しいイグサの匂いが漂っている。
 その畳の所の最奥・中央部には祭壇のようなものがあって、そこに何かが安置されているのが見えた。

 風に気圧(けお)されて一瞬目を閉じただけの間に起った激変だ。山女の頭が混乱しても仕方がないだろう。

(しか)るべき者が触れるとここへ通じる。そうでない者が開けても、中に(まつ)られた御神体があるだけだ」

 辰が言う通り。
 山女も、里人らとともに一度だけこの祠を開けて中を綺麗にしたことがあるから知っている。
 里長が扉を開けた時、祠の中にはミントグリーン (薄青藤色)の小さなツルツルの卵型の石が一つあるきりで、見たままの広さしかなかった。

「祠の中にあった宝玉が辰様ですか?」

 一度だけ目にしたことのある淡い緑色の翡翠(ひすい)に似た石は、今目の前にいる辰の印象とはかけ離れているなと感じてしまった山女だ。
 辰の御神体ならオニキス(黒メノウ)や黒曜石のような、吸い込まれそうに真っ黒な石の方が合うと思ってしまった。

「俺が石に見えるか?」

 ククッと喉を鳴らされた山女は慌てて首を横に振る。
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