龍神様の贄乙女
(しん)様は……【ただの人】にしか見えません!」

 思わず率直な感想を漏らしたら、辰に瞳を見開かれて。

「そうか。お前の目には俺はただの人に見えるか」

 ややしてポツンとつぶやかれた声音に、山女(やまめ)はサーッと血の気が引くのを感じた。

 龍神様相手に〝ただの人に見える〟だなんて、不興を買う言葉以外の何物でもないではないか。

「申し訳ありません! 私、失礼なことを」

 慌ててその場にひれ伏した山女を、しかし辰は即座に手を引いて立たせると、「別に怒っちゃいない。それより山女。折角綺麗な着物を着ているんだ。そう再々地面に這いつくばるもんじゃない」とひざに着いた土まで払い落としてくれる。

「でも――」

「むしろ俺は人に見えると言われるのが嫌じゃないんだ。だからそんな泣きそうな顔をしてくれるな」

 そればかりか山女の言葉を(さえぎ)るようにして、ポンポンと元気付けるように背中を撫でてくれた辰の大きな手からは、嘘偽りなどないように思えて。
 山女は、神と言うのはもっと簡単に機嫌を損ねてしまう恐ろしいものだと思っていたから、辰の穏やかさに拍子抜けしてしまった。

「辰様は私が里で教え込まれた龍神様像とはまるで違っておられます」

 山女にとってはいい意味での相違なのだけれど、だとしたら何故荒ぶる神を鎮めるみたいに、郷里では定期的に生贄などを捧げているのだろう?
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