龍神様の贄乙女
「まぁ、俺は【彼女】とは違うからな」

 そんな山女(やまめ)(しん)がポツリとつぶやいた〝彼女〟とは一体誰を指すのだろうか?

 聞いてみたいと思った山女だったけれど、辰が気持ちを切り替えるみたいに「いつまでも土間(こんなところ)に立っているのは落ち着かん。履き物を脱いで上がれ」と背中を押してきて、結局聞けず終いになってしまった。


***


 辰は山女の手を引いて奥の畳敷きの場所まで(いざな)うと、「さすがにこのままでは障りがあるな」とつぶやいた。

「さわり?」

 山女がわけも分からず聞き返したら「お前は女子(おなご)なのだから、いつも俺の目にさらされていては落ち着くまい?」と聞いてくる。

「え?」

「だからな、お前のために仕切りをこしらえてやらねば、と言っておるのだ」

「仕切り……」

 今まで里長の家の片隅。
 自分のための空間なんて与えられたことのなかった山女は、辰の言わんとする事がぴんと来なくて戸惑った。

 胸が膨らみ始めても尚、着替えは皆のいる前で背中を向けて隠れるようにするのが当たり前だったのだ。

 初潮が来たことにすぐ気付かれてしまったのだって、そういう環境の中で暮らしてきたからに他ならない。

 そんな山女だ。いきなり自分だけの場所を与えてやろうと言われても、今一実感が湧かないのは当然だった。
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