龍神様の贄乙女
 (しん)は一旦山女(やまめ)の手を引いて祠の外に出ると、何処かへ山女を連れて行ったりせず、そのまま今出てきたばかりの祠に手をかざした。
 そうして「よし」とつぶやくと、「戻るぞ」と山女の手を再度引くのだ。

「あ、あの辰様?」

 訳が分からず、山女が困惑した表情で辰を見つめると、「俺を信じろ」とだけ言われて。

 再び観音開きの格子戸を開けた辰に付き従って吹き抜ける風にギュッと目を閉じたと同時。
 やはり次に目を開けた時には白木の床と、真新しい畳のあったあの広い屋敷の土間へと戻って来ていた。

 だが――。

「え?」

 さっきまで山女が居た時とは明らかに中の様子が変化しているではないか。

 畳敷きの一画には先程まではなかったはずの(ふすま)が出現していて、そればかりか土間に立って左手側が廊下にでもなったみたいに全面が障子張りに様変わりしていて。

「あ、あの……」

「障子を開けた先、奥の方を(かわや)に【しておいた】。行ってくるといい」

 さも今し方【そうしたばかり】なのだと言わんばかりの口振りで障子戸の方を指差した辰を、山女はただただ呆然と見詰める事しか出来なかった――。
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