龍神様の贄乙女
***

 あの時にも感じたのだが、この六年間というもの、(しん)は人智の及ばぬ力を使ってとにかく山女(やまめ)に潤沢に物を与えて甘やかすのだ。

「辰様、私、こんなに沢山物が無くとも生きてゆけます」

 月のものを乗り切るための端切れ数枚と、洗い替えのための着替えが二着もあれば良いと思っていた山女は、あれよあれよと言う内にどこの姫君かと思ってしまう程の沢山の品々に囲まれて恐縮するばかり。

 こればっかりは何年経とうと一向に慣れることは出来そうにない。

 だが辰は山女の遠慮など意に介した様子はなく――。
 そればかりか「気に入らぬのなら他の物を持って来よう」と、更に物を増やそうとするのだ。

「本当にもう十分ですので」

 山女はこの六年間、何度くるりと(きびす)を返して出て行こうとする辰に取りすがって、こんな風にフルフルと首を振った事だろう。

 そうしてその度に辰は山女に問うのだ。

「山女、それは(まこと)にお前の本心か? ……女人(にょにん)とは幾ら物に囲まれても満足などせぬ生き物だと思うのだが、違うのか?」

 辰は時折、山女ではない〝誰か〟を思い浮かべているような言葉付きで話す。

 山女はその人の事を聞いてはいけない気がして、この六年間ハッキリと問うた事はないのだか、もしかしたら辰には別の水辺を守る女龍神様(こいびと)がおられるのかな?と思って。

 もしそうならば、辰にとって自分は邪魔者以外の何者でもない気がしてしまった。
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