龍神様の贄乙女
 その癖そんな台風(おおかぜ)の時にはいつも、(しん)山女(やまめ)を残して必ず外へ出て行くのだ。

 ここ数年、それが心配で堪らなくなってしまった山女にとって、穏やかな天候が続く今夏は、自然と心を()がせてくれた。


 颶風(ぐふう)が来ると、風だけではなく雨も強まるから、当然川の水嵩も増す。

 辰はここら一帯を統べる龍神様だから、台風(のわき)の際に屋敷をあけるのは当然なのだが、実は数年間一緒にいても尚、山女には辰が人にしか見えていない。
 だからだろうか。一人だだっ広い屋敷の中、辰の帰りをまんじりともせず待っていると、辰が大水に呑まれて死んでしまう想像ばかりしてしまう。

 もちろん贄としてここへ来たばかりの頃は、山女だって確かに辰を異形の者として認識していたし、畏怖の念さえ抱いていた。

 だが、年々その思いは薄れる一方なのだ。

 目の前でいくら人智の及ばぬ事をされても、それが余りに日常になり過ぎたからだろうか。
 只人(ただびと)ではそんな事出来ようはずもないと思う感覚ですら、どこか麻痺してしまった山女だ。

 それは、辰が山女の前では一度も(本来)の姿になった事がないからに他ならないのだが、そんな山女が強いて辰に自分と違う所を見出すとすれば、それは辰が男で己が女と言う事くらい。
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