龍神様の贄乙女
 山女(やまめ)の中、長い年月を掛けて自分を庇護し、甘やかしてくれた(しん)に対して、子が親に抱く慕わしい気持ちばかりが育っていった。

 家族愛に似たその感情は、六年の歳月を経て、今では恐らく――。


***


 山女と過ごす七度目の夏は、珍しく本格的な荒れ模様もないままに晩夏の頃を迎えた。

 そうしてとうとう今日。
 今年初めてになるひときわ大きな野分(のわき)が到来して――。

 常のように、「俺は出てくるからお前は決して外に出ぬように」と告げて土間に立った辰だったのだが。

「嫌です!」

 即座に山女にそんなことを言われて、背後からギュッと抱き付かれてしまった。

 六年余りの歳月を経て、一四〇センチ(4尺6寸あまり)から一五四センチ(5尺ちょっと)まで背丈が伸びた山女だったけれど。
 辰との身長差は未だに二〇センチ(7寸ばかり)ひらいている。

 いつもならばもっと低い位置に来るはずの山女の身体が、しかし、今は上がり(かまち)の段差で高低差を埋められていて。
 ギュッとしがみつかれた背中に、山女の温かな体温と柔らかな乳房の膨らみを感じた辰は、グッと唇を噛んだ。

「我儘を申すな。野分(のわき)の日に俺が外に出ねばならん理由は、お前にも分かっておろう?」
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